2018/08/10

特定のユーザでssh接続エラー 発生と復旧

今まで普通に入れていたサーバに、ユーザアカウントでssh接続できなくなり、よくわからないが php.ini の設定を直すことで復旧したその顛末をノート。


サーバ機
 VineLinux5.2(イントラ上)
 openssh-server-5.2p1-3vl5

現象
 ・一週間前まではそのユーザで普通にログインできていた。
 ・一週間ぶりにそのユーザでログインしようとしたところ入れない。たとえば、
   Win機からTeraTermProでssh → ユーザ名とパスワードを入力してOKした途端TeraTermProが終了
   他のLinux機からssh → パスワードを入力してEnterしても、プロンプト表記が変わらない
 ・その時のserver側のログ /etc/secure にはこんな行が残る。
    sshd[4007]: fatal: Access denied for user (ユーザ名) by PAM account configuration
    sshd[4006]: Failed password for (ユーザ名) from (IP) port 64400 ssh2

 ・ちなみに rootでは入れる(Win機からも他のVine機からも)
 ・それに、他のユーザでログイン後に、su すれば、その不具合ユーザに入ることもできる

復旧まで
 ・クライアント側の known_hosts からそのサーバのエントリを消してみたりPAMの設定を確認したり
   → 変化なし
 ・サーバ機のリブート shutdown -r now
   → 変化なし
 ・胸に手を当てて先週の記憶をロード
   → そういえば、1週間前くらいに php.ini の以下の1行、いじっていた。まさにssl 関係。
   extension=php_openssl.dll (有効にした)
 ・これを再び無効にしてみた
   ;extension=php_openssl.dll
 ・apache再起動 /etc/rc.d/init.d/apache2 restart
   → 直った。


再現性の確認
 ・その後再び extension=php_openssl.dll を有効にしてapacheを再起動してみたが、
  現象(接続エラー)は再現しなかった。


ちなみにphp.iniに件の変更は、file_get_contents の社内プロキシ越え(https)のテストのためで、
 PHP Warning: file_get_contents(): SSL: crypto enabling timeout in
 PHP Warning: file_get_contents(): failed to open stream: Cannot connect to HTTPS server through proxy
といったエラーで失敗している。設定そのものよりこれらのエラーの影響が残っていたのだろうか。(テストに関しては別のCentOS7機で何事もなく成功)


細かいことはわからない。おれ機械屋なもんで。


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2018/06/23

収穫の初夏

長野の実家の兄がきゅうりと根曲がり竹を送ってくれた。
きゅうりは何しろ実家のがうまい。プロのきゅうり。
届いたらまず一刻も早くかじってみることにしている。


まず新鮮なのがなにより。あと、種類が違うのか畑の作り方が良いのかわからないけど、
スーパーとかで売ってるのと明らかに皮が柔らかく、明らかに味がうまい。
そして一番うまいのが、実はスーパーでは売ってないこの小さいやつ。
曲がってるやつは将来流通に乗らないので小さいうちに取ってしまうんだそうだが、
こうやって無駄にしない。無駄にしないどころがそれが柔らかで一番うまい。
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根曲がり竹は、近所の人から貰ったとのことで、そのおすそ分け。
もちろん、サバの水煮の缶詰で煮る。
もちろん、剥いだ皮は指に付けて遊ぶ。それが基本。
ほんとこの根曲がり竹の濃い滋味というのはなんなのか。そしてサバ水煮との相性といったら。
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ちなみに、先週は笹餅を送ってもらった。
山向こうの越後の笹団子のように餡が入ってるわけではなく、餅だけを笹に挟んだのシンプルな一品。
これも北信州で育った自分にとっての懐かしい味。
まだ柔らかい餅を包む笹の香りがさわやか。砂糖醤油ないしはきな粉を付けシンプルに食べるのだ。
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あと、山椒の実も貰った。
これももちろんまずは一粒かじってみる。
昔はこれをかじると目が良くなると言って、子供は度胸試し的にかじったものだ。
舌が最高にしびれる。
たくさん貰って全部生でかじるわけにはいかないので、
お湯でさっと茹でて冷凍保存することにした。
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貰ってばかりの人生だ。
田舎があることの幸せ。


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2018/06/22

術後検診、2年9か月

朝の満員電車に揺られて三か月ぶりのお茶の水。術後の定期検診を受けてきた。

前回と前々回の受診では松本マラソン後の血尿騒ぎ(実際はミオグロビン尿)とかで臨時の受診が入り本来の転移のチェックとかとは別の検査も入ってスケジュールが狂い、その都度担当の先生も変わったが、今回ようやく本来の検診。おそらく今後担当してもらう先生による始めての診察。

予約時間の1時間前に採血を終わらせ待合室で読書をしながら待つ。その新しい担当の先生の診察室の入り口前で待つ。読書をしながらも、「○○さん、〇番診察室にお入りください」と構内放送で呼び出すその声がやたらとドスが効いていてることが気になる。新しい先生はどんな恐ろしい先生なのか。

やがて予約の時間を若干過ぎて私の名前が呼ばれる。ドアをノックし「こんにちは」と言って入ると、机の向こうには椅子から立ち上がって丁寧にお辞儀をするさわやかな青年。「こんにちは、どうぞお座りください」という声もさわやか。どうも呼び出しのマイクの使い方に問題があると思った。

今回は血液検査と尿検査のみ。これまでの経過と今回の結果を比較して説明してくれるが、いままでこんなに丁寧に説明してくれた先生はいなかった。なにしろ過去のカルテの細かいところまで把握してくれているの安心感。そして次回の検査(画像)についても、目的を説明したうえで、最終的な決定はこちらの同意を尊重してくれる。

正直なところ、自分の体をお願いする先生は信頼できるかできないかではなく信頼せざるを得ないのだが、今回、良い先生と巡り会えた気がする。

なにしろ、診察を終えて、「ありがとうございました」といって席を立つ自分を、自ら席を立って「お大事にしてください」といって送り出す先生なんて初めてだ。


検査の結果は、
 クレアチニン 前回やや高かったのが今回正常値
 総ビリルビン やや高め → 個人差がある指標なので過敏になるほどの値ではないが経過観察
 
といったところ。
次回は9月にCT画像検査。


予定よりもかなり遅くなってしまったので会社はあきらめ、帰りに湯島天神に道草。夏越の祓などというのを三回くぐってきた。お茶の水から湯島あたりへの坂道はかなりいいな。

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2018/05/19

人間ドック、オブ・ザ・ベイ

午後になって左の扁桃腺のあたりが痛む、が、風邪ではない。というとそういう根性論を言うからお前はダメなのだ現実を直視せよ。と言う人がいるがそうではない。先ほど早起きして受けてきた人間ドックで胃カメラないしは内視鏡を左の鼻から入れたという紛れもない事実・要因があるからだ。

その胃カメラ。検査中に技師の人がやたらため息をつくので万一の事態も覚悟したが、検査直後の説明で特に異常ないことが分かった。ため息は癖のようだった。


血圧はまあ正常。ここ5年連続で伸びている身長は聞き逃したのでレポート待ち。採血はちょっと痛かった。視力は1.2と0.8で相変わらず右が見えない。聴力完璧。肺機能は例年幼稚園の先生のような技師の方の応援にまんまと笑わされてしまい実力を発揮できていなかったが今年は違う技師の人がラジオ体操の指導員のような生真面目な指示のもとかなりのパフォーマンスを発揮できたと思う。


最後、検査の速報的な問診があり、心臓の1パルスの開始から終了までの時間幅が少し広いけどまあ今のところ問題は、もごもご。という説明が気になり詳細を質問したところ、血圧が高い状態が続き心肥大になったり、あるいはスポーツ心臓だとこういう波形になるという。マラソンしているのと関係あるかとさらに聞くと、その影響ですね、脈が遅いのもそのせいでしょう。心配ありません。私もありますから。はは笑。と話がはずんだ。どうも先生も走る人のようだった。


全部終わって11時頃病院を出てやたらめまいがする。内視鏡で空気が入ったのかやたら腹も張って調子が良くない。朝はん食ってないからなと思って普段行くことのない近場のビッグボーイに直行、野菜、ハンバーグ、カレー、その他を爆食。念のため帰宅後体重を測ってみるといつもより1.8kgのマイナス。ビッグボーイに行ったのに1.8kgのマイナス。おれは毎朝どれだけ朝はん食ってるんだと思った。


人間ドックに行くときは聴くことが恒例になっている  (Sittin' On) The Dock of The Bay 。ちなみに病院と東京のベイとの距離は30kmほどだ。十分遠い。差し当って、早まって付けたタイトルをどうこじつけるかが課題だ。


Otis Redding - (Sittin' On) The Dock of The Bay (Take 1)

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2018/05/06

佐久鯉マラソン~信州なかがわハーフマラソン

春の信州シリーズの後半として、5/4佐久鯉マラソン、5/5信州なかがわハーフマラソンに出てきた。後半ということは前半があったのかということになるが、あった。4/15長野マラソン。後付け。

4時に家出、16号~外環~関越~上信越道で7時過ぎに会場到着。曇っていて風が冷たい。寒い。今年はバルーンが飛んでなかった。受付を済ませ、自販機の缶コーヒーで腹を温めながら開会式を待っていると日が出てきた。そうすると途端に暖かく新緑に包まれた初夏の景色が美しい。

開会式の前に準備体操を列の前でこなす。それはもちろん大会ティーシャツに「把瑠都」と書いたゼッケンをつけたニコニコしているゲストの把瑠都さんを間近で見るためだが、明日エストニアに帰国するというのに良く来てくれた。準備体操も普段そういうのはすっかり省略してしまっている自分には結構ためになった。

開会式。佐久市長からもその旨、国会議員そして大統領になるため帰国するという紹介があり拍手が起こる。大統領になってほしいという拍手だろうか。それとも来てくれたことに対する拍手だろうか。そして把瑠都さんの挨拶はそうした紹介とは関係なく屈託がない。続いて競技委員長からの競技説明。マイクの高さがあってないことに気付き、すかさず歩み寄りマイクの高さを合わせる元大関・把瑠都。さすがだ。競技委員長も一言「すみません」だ。


もうこれを見ただけで来たかいがあった。満足な気分で更衣室に向かい着替え。着替えて更衣室から出てくるとファミリー2kmの部を走る把瑠都さんがちょうど通り掛かったところ。苦しそうな表情。ニコニコしてない把瑠都さんを見たのは今回後にも先にもこの瞬間だけだ。

>Ws001237Ws001236_2


10kmの部。和やかに9時45分スタート。まずは公園内を2周。1周目、やたら脚が軽い。準備体操の効果だろうか。2周目。早くも胸が苦しい。浮かれすぎ。公園を出て3km過ぎて、今年も子ヤギさんたちがめーめー往年してくれて、これだけで来たかいがあったと思ってちょっとアクセルを踏む。5kmで折り返してここまでは追い風。ここからは向かい風。スタートから前に行ったり後ろに行ったりしてた帽子にエストニアと日本の国旗を立てて大会を盛り上げていた御人もその旗を帽子からリムーブし手に持ち帰るほどの風。


胸の苦しさが解除されたのはこのあとしばらく下った残り3kmの看板あたり。残り1kmからの今年は上野選手がいない上りを一人でこなし、残り500m、別の部の小学生と並走。強敵。なかなか抜けない。将来の世界選手権候補に違いない。ゴールして、今年も秀逸なはがきサイズの完走証。水をもらって把瑠都さんのチョコをもらって、昼はんは出店の佐世保バーガー。応援しながら半分食ったところでバーガーのバー具の部分を地面に落とす失態。バーガーを食うのは難しい。

そんな爽快な佐久をお昼にリーブ。小諸あぐりの湯で汗を流し、国道142経由で、次の目的地、なかがわハーフ略してナカハマの受付に向かう。


途中、駒ヶ根に入り、白をまとった駒ヶ岳が雲の隙間からうっすら見えただけで感動。いちおう長野出身だけど、北信出身なので南信に来たのは初めて。山が違う。山塊がいちいちでかい。駒ヶ岳を見上げる角度が違う。ははーと恐れ入る。


一旦、今日の宿(駒ヶ根ICちかく)の位置を確認して、そのまま中川村へ。


受付会場に近づき、橋を渡る。この明日スタート直後にわたる橋が、もうすでに俺の心をつかむ。受付会場の駐車場に車をとめて徒歩で速攻で橋に引き返す。なんて深いんだ。眼下に深く緑の川。


受付。ゼッケン引換券を見せるとゼッケンを渡す前に「道、どうでした?遠くから大変でしたね」と。「いや結構スムーズでした」とここまで策を走ってきたことを忘れて答えるくらい心揺さぶられ、さらに俺の心つかまれる。「今年最後なんで特別のゼッケンです」と言って、シルバーゼッケンを渡される。先日の長野マラソン以来だが、ナカハマは今回初出場なので申し訳ない限りだ。

続いて抽選。「こんにちは」と言っておじさんに声を掛ける。「こんにちは」と返したおじさんに封筒を見せて「どの箱でもいいですよ」と言われた左から2番目の箱から1枚引く。14番。案内された14番のテーブルに行くと、「わー、あたりですよ」と別のおじさん。洋ナシジュースをいただく。

もうすでに俺は中川村に移住してもいいんだという気分で、ナカハマンの後頭部を写真にとったりした後、ひとまず中川村をリーブ。宿ちかくの飯屋、ソースカツ丼で明日に備える。

翌朝。駒ヶ根の宿から朝8時に再び中川村に到着。第五駐車場からスタート会場に向かう道のりの景色が、さらに俺の心をつかみ、つい隣を歩く見知らぬおじさんに声を掛ける。「今日は暑くなりそうですね」「そうやね。26℃っていうてたよ」「予報ですか、天気」「うん」「でも空気渇いてるから(さわやか)」「そやね。」


更衣室はあるが、そこらで適当に着替え、荷物預けもあるけどその辺に適当に荷物を置き、開会式。司会進行の「村にはおじいさんおばあさんしかいないと思ったら大間違いです、小学生から歓迎の言葉です」といった意味の紹介を受けた小学生の歓迎の言葉、「いままで生きてきてこんなに大勢の人を見たのは初めてです」

続いて地元の音楽家やダンサーによるパフォーマンス。その後半は、この大会を始めるきっかけとなった小澤さん(71)への感謝として捧げられ、それに対し小沢さんが深々とお辞儀をしハンカチで涙をぬぐう場面を、たまたま間近で見ていた初出場の自分も涙をぬぐう。

そのあと、競技役員から競技説明。出だしで「この流れでいきなりまじめな話ですみません。」

続いて、準備体操のエアロビクス「時間が押してるので手ばやにやります」

スタートゲート前に集合。スタート前のコース説明。うわさには聞いていたが秀逸。たぶん実行委員の、たぶんオフィシャルのブログを書いてる方だと思うが、スタート前のほんの5分くらいの時間に笑いあり涙ありで飽きさせない。これを聴けただけでも来たかいがあったとさえ思う。

以下、記憶をもとに意訳(録音できなくて残念...)

・スタート直後に牧ヶ原橋を渡ります。年々老朽化が進み強度は今最低の状態です。この3900人が一斉にわたると、おそらく橋は崩落。先ほどドローンで感動的な映像を録ると言いましたが、それは皆さんが橋から落ちていく姿になる可能性があります。
・スタートから3kmは急な上りです。たいていはこの3kmで疲労困憊。リタイア寸前に陥ります。ハーフマラソンでたった3kmでリタイア。嫌ですね。やめるなら今です。
・この大会には実行委員長がいますが、影の本当の立役者が小沢さん。小沢さんがこの大会を立ち上げました。その小沢さん、実は今、ある病気と戦っていて、人生のラストスパートに入っています。小沢さんにひとこと頂きます(小沢さん、胸がいっぱいで何も言えません。ただ、ありがとう、ありがとうと」
・3kmの登りを過ぎると、給水所があります。その給水所にいるのが、「あいこ」さん、です。皆さんぜひ「あいこさんありがとう」と声を掛けてください。これが私からのサプライズです。このあいこさん、小沢さんの奥さんです。
・登り終わると、ずっと下りです。昨年のトップ選手はこのくだり、100を9秒台で走ってました。
・下り終わると次の強敵が待ち構えています。いわゆる田舎の香水です。みなさんリタイア寸前です。
・そんなに速く走ることはありません。各所に私設エイドもあります。なるべくゆっくり走って長く村を堪能し、体重を増やしてゴールに帰ってきてください。


自分は北信の出身で、実は南信にくるのは今回初めてだったのだが、みんな朗らかで、沿道で応援してくれるじいちゃんばあちゃんもみんな笑顔で、小学生のスピーチから始まるユーモアあふれる感じというのは、南信だからというのかどうかはわからないけど、北信とは違うものがあるなあ、いいなあと思った。


そしてスタート。ご案内の趣旨に倣い時計は見ない。橋を渡ると確かに上り。10%くらいだろうか、自分なら自転車で間違いなく足を着く傾斜。そこを6分から6分30くらいのペースで楽しく登る。なんでペースが分かるのか。それはちょっとだけ時計を見たからだ。


「それカメラですか?」空手の胴着の走者から声を掛けられる。今回実は親指サイズの小さいビデオカメラをもって走っていて、坂を上る背後に見える山があまりにきれいだったのでそれを向けていたのだ「ああ、ええ」と相変わらず気の利かない返答。


これに限らず、ランナー同志でこんなに会話があるマラソン大会は初めて。そして、撮影したはずの絶景が操作ミスのせいでほとんど録れていなくてびびる。


苦しいけど美しい坂を登り終えて下り。前方に白い山。気持ちよく下ったり、道端で応援してくれていた老夫婦お手製の梅漬けがあまりにうまくて感動のあまり引き返し感謝を述べたり。


そんななかもしかして一番驚いたことは給水所。これでもかとばかりに私設も含めて3km毎かそれ以上頻繁にあるのだが、どの給水所も紙コップが散乱していない。みんなちゃんとごみ箱に入れる。なんなら入れ損ねて地面に落ちたコップを引き返して拾って入れなおす奴までいる(おれ&others)。なんなんだこれは。というか、自然にこういう気持ちにさせる何かがここにはあった。こんな美しい村を走らせてもらってることへの感謝、じいちゃんやばあちゃんや沿道の人たちへの感謝。


「おもてなしという一方的なものを私たちは考えていない、そうじゃなくて大事なのはわかちあい。村のじいちゃんばあちゃんの応援にもし何かを感じたら、ぜひそれを伝えてください」という意味のことを何かで読んだ気もする。コトラーで言えばマーケティング3.0、spiritの段階が実現されているともいえる(ほんとか)。


7kmくらい、あまりにアルプスがきれいなのでやはり道端で応援してくれている方に立ち止まり「あの、白い、あの、きれいな山はあれ、駒ヶ岳ですかね」と思わず尋ねると「ああ、あれはね、南駒、南駒ケ岳です」と応えてくれる。「ああ、そうなんですか南駒ケ岳なんですね、そーか、南なんですね、いやー、きれいなもんでずっと見ながら走ってました。じゃあ駒ヶ岳は?」「ええ、あの右側に少し頭が見えているのがね」「あーあー、あれがね、そうですか、駒ヶ岳は」

1,2分立ち話をしていただろうか。おじさんにお礼を言い、踵を巻き上げたきれいなフォーム、4分30秒台で再スタート。「わーい」と叫びつつ(心の中で)。


そうしてところどころで立ち止まり、わーいと(心の中で)叫びつつダッシュする、などして、田んぼ、水力発電所、天竜川、などを見ながらあっという間に残り2km。有名な「ガリガリ君エイド」で自分的にはおそらく30年くらいぶりのガリガリ君をかじりながら最後の急坂を登り、そして最後下って、レッドカーペット敷かれたゴールをゴール。


ゴール後にはフルーツやリンゴジュースの振る舞いがあり、さらに、おにぎりとバナナとドリンクが入った袋を貰う。おにぎりは市販ではなくラップに包まれたお手製だというところに感激。回復をスーパー助ける。3千数百人分を握ってくれたのだろうかと思う。

そういえば後半15kmくらいの天竜川の堤防に花の植わったプランターが延々と並べられていて、疲れが出てきた頃、しかも向かい風の中、心癒された。これも想像してみれば手間のかかる地道な作業にちがいなく、それを人手不足のなかあえてやる、選手が疲れるポイントだからやってくれてるのだろう、心意気に胸が一杯になる。

これに限らず、運営のあらゆるところに工夫やアイディアが感じられ良く考えられてるなあと感じた。いずれもお仕着せではなくて手作り、しかも手間暇かかる類いのもの。熱意のあるメンバーだからできたこと。だからこそ魅力にあふれ愛される大会になったのだろう。そして継続が難しくなった理由でもあるのだろう。


ゴール後、最後のランナーがゴールしたあと、みんなでゴールのレッドカーペットを走る「終了式」をするというので待つ。なかがわハーフマラソン、今回で最後。数名の有志で運営していた中スタッフの人員確保が難しくなってのことだと聞く。ゴールから結構時間がたっているのに、みんななんとなくブラブラしてそれを待っている。そして最後のランナーがゴールし、終了式。ゴールゲートの上に上がった、小沢さん、実行委員の方にみんな手を振り感謝の言葉を掛けながら最後のゴールをくぐる。こんな大会に最後参加できてほんとに良かった。


帰り際すれ違った数名に中学生に「ありがとうございました」と声を掛け活舌の悪さに怪訝な顔をされるも、満足な気分で駐車場へもどる。途中、すれ違う参加者に「ご苦労さまでした」と声を掛けられる。こんな大会初めてだ。自分もまねして追い越すたびに「ご苦労さまでした」と声をかける。スタート直後に並走した空手家と偶然出会い、2,3言葉を交わし、駐車場到着。


ただちに参加案内に割引券が入っていた「こまくさの湯」に行き、駒ヶ岳を展望しながら汗を流す。仕上げに「ミニソースカツ丼セット」。マラソン大会が終わってもいつかまた来たい。

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2018/04/30

ニック・ロウを観てきた

絨毯が1枚敷かれアコースティックギター1本とささやかなアンプと水だけが置かれたステージに、客席から「やーやーどうも」って感じで登場。白髪、黒ブチ眼鏡、細身、黒に白水玉のシャツ。かっこいい。リラックスして話す姿は、授業の半分を余談と冗句に費やす化学の老教師といったたたずまい。足元にセットリストの紙1枚だけポンと置かれている。
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気負ったところみじんもなく無造作にギターを弾き歌を歌って聴かせるその腕の確かさと心地よさ。歌い終わればギターを一つ「じゃーん」と鳴らしただけで勿体を付けず終わる小気味よさ。前拍の手拍子を指摘し手拍子はこうやるんだよと裏拍の手拍子を実演してあげるときの嫌味のなさ。声を張るときに左後ろに顔を背けるようにしてマイクから口を離すしぐさ。

中盤のハイライトは、甘酸っぱ系の最高峰「Cruel To Be Kind」。拍手鳴りやまず、サビをもう一度歌い出すサービス。この度シングルでリリースされる「Tokyo Bay」もラジオで聞いた時よりソリッドでやたらかっこよく、終わった後の「ドーモアリガト、ベイビー」という照れ隠しの一言でバランスをとった(ように感じた)ほどだ。

本編の締めは「I Knew The Bride When She Used To Rock And Roll」。アンコールは「When I Write The Book」サビのコーラス部分を皆が自然発生的にコーラスし盛り上がったあと、エルビス・コステロの「Alison」をしんみりと歌って皆をジーンとさせて終了。

ニック・ロウは90年代の中盤に確かコステロと一緒に来た時に観て以来なので自分にとって20数年ぶりだったわけだが、20数年前よりもかっこよかった。


4/30 ビルボードライブ東京。初日第一部。
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2018/04/16

2018長野マラソン

記念すべき第20回の長野マラソン。2009年にこの大会を走って見たくて走り始めた自分も東日本大地震と長野県北部地震で中止になった2011年も含めて今回で10回目の参加ということでとうとうシルバーゼッケン。気が引き締まる思いで大目標3時間30分、中目標35分、最低ライン自己新を期して臨んだ。


前日。今回はじめて参加する会社の同僚を乗せて9時頃クルマで出発。ビッグハットで受付を済ませ、会社のブースを他人の振りで通り過ぎ、20回記念のせいかいつもよりすこーし華やかなExpo会場でスタート前に摂る赤のアミノバイタルと脚が攣らないためのお守りとしてメイタンの2Runを調達し、長野マラソン神社で自分の名前を確認し、NHKのブースで誘われるまま腕に付けた加速度センサを振っての神門アナウンサーの実況付き腕振りバーチャル100メートル走みたいなのに参加し、アミノバイタルのステージで千葉真子さんが「最新の天気予報では明日の雨のマークが消えました」という情報を聴いて会場を離れ、同僚に善光寺などを精一杯案内した後解散、6時頃実家に到着し、明日の準備。

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桜が終わり紅色のハナミズキが咲くビックハット。

翌朝4時半起床。なんだか気温が上がったのか暑くて夜中に目が覚めあまり良く眠れず。ウェザーニュースの予報と昨日の千葉発言を真に受け、傘も持たずスタート前に被るビニルも持たず雨をまったく考慮しない体制で家を飛び出す。..ちょっと降ってるな。


飯山線で北長野駅に到着、ここから民家の庭先に咲くハナモモを見ながらスタートの東和田運動公園まで歩くのが好きだ。おのおの好き勝手な経路からだんだんスタート地点の大通りに合流していく感じがワクワクする。そしてアンダーワールドのボーンスリッピーがワクワク感に拍車をかけるはずだが、あれ、掛からない。今年はなんか全体的に選曲が変わったな。


小雨の中、体育館には入らず階段の辺で上っ張りを脱げばもう走れる恰好。荷物を預け、スタートブロックに入る。スタートを待つ間も小雨。被るビニルを持ってこなかった自分は濡れるがままだがもうそんなことは知ったことか。それより「競技通告ブロック閉鎖時間 係員は...」みたいな放送が刻々と流れて、自分のようなレベルの走者でも、さあこれからレースが始まるぞといった選手気分を味わわせてくれる長野マラソン。今日はむしろ暑さに対する致命的な弱さを持っている自分にとっては3年ぶりのチャンス、と気分高まり号砲聞く。

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小雨のスタート前


スタート線を越えたところでガーミン時計のボタンをオン。作戦は、善光寺さんの大門までは-10秒くらいにペースを抑え、大門からの中央通り下りの楽しさは本能に任せるままに堪能、10キロ地点で中目標キロ5分5秒を目安に調子よければ5分もありという感じ(ネットタイム計算)。結果25キロ時点で平均ペース4分58秒、大目標ペース。


何しろこの小雨で涼しい天候がありがたい。しかも真島のホワイトリングを過ぎてからの堤防区間はいい感じの追い風。脚もまだ全然残っていてペースを調整しているくらいだ。今日記録を出さないでどうする、と気合を入れつつ更埴橋を渡る。そういえば前回自己新を出した2015年もこの橋を渡りながらそう思ったなと思いつつ反対側の堤防に右カーブしたとき右の腿に違和感。そういえば2015年もここで最初の痙攣の兆しがあったんだった。


気温はむしろスタートより下がってきてるくらいで、これも2015年と同じだ。その2015年に本格的に腿が攣ったのは30キロ手前の堤防を降りる下り。やばい。やっぱり攣り始めた。高速道路をくぐって30キロ過ぎ、国道沿いの2つのアップダウンは登りはむしろ調子良く下りが内転筋に響く。再び高速をくぐって堤防に戻り消防団の応援を聴いて左折した32キロの給水所、ここで予定より早く黒のメイタンを背中から取り出しマウスにイン。おかやま、愛媛の成功を踏まえカフェインの効き目を良くするため1週間のカフェイン断ちをしてきた俺だ。メイタンの効き目は期待通りでここまでの4キロの平均が5分20秒近くまで落ちたペースがメイタン後の3キロ目標の5分5秒に回復。岩野橋を渡り35キロ地点。


今まで追い風だったのでここからは向かい風。望むところ。今日は風に強いことで有名なベルギーの自転車チームクイックステップのジャージで臨んでいる俺だ。波のように寄せては返す両腿の攣りをボーネンの顔で誤魔化す。


その後、メイタンの効き目は37キロで切れ、代わりに雨に濡れながら声援を送ってくれる沿道の応援に励まされるたび、沿道の応援1mm軽くなり、という前半の確か12キロ地点くらいに掲示されていた川柳を実感し、ゴール地点のスタジアムに入る手前ブラスバンドの演奏で、高専時代の恩師が指揮を執っている姿が目に入り感激のあまり立ち止まって駆け寄りたい衝動をこらえながらゲートをくぐり人工芝を半周してゴール。3:38:09(3:35:55)3年ぶりの自己新。


35分切りには少し及ばず(ガーミン時計の平均ペースばかり見ていて、GPSの誤差を計算する頭が無かった)残念ではあったが、これがいまの実力だと思う。1月~3月の走行距離は482km。距離こそ去年一昨年とほぼ同じだが、質的には散歩のような走りが多く、直前の練習でも調子が今一つ上がっていなかったが、気象条件のおかげで去年や一昨年よりもいい結果が出た。とはいえうれしい。自己新のうれしさはやっぱり格別。

今回初めて参加した同僚、長野マラソンの感想は「エイドを地元の特産を出すなどして充実してほしい」というものだった。同僚はいわゆる旅ランの人なのでそういう感想も当然。でも、自分にとっての長野マラソンの魅力はいっちょ前に選手気どりで走りに集中できるところなのであまり必要を感じないというか、むしろ今のストイックなエイドの方が気が散らなくて好ましいというか、むしろその費用があるなら35キロ地点に黒のメイタンを置いてほしいというか(半マジ)。実際、昨年から30キロでアミノバイタルを配る(ことを許可:たぶん公式エイドではないと思う)という方向に強化していて、特産のエイドという意見は一定数あるのだろうが、あえてそっちに行かないのが、ランナーのベストへの必然性に基準を置く(と自分が感じる)長野マラソンらしくて好きだし、実際助かる。観光志向の大会も魅力だけど(出るけど)、競技志向というのも一つの魅力なのでそういう大会はそういうコンセプトのままがいいなあ、なんて思ったりして。とはいえ、あまり大会をリピートしないその同僚、長野は来年も出ると言っているのでちょびっとうれしい。

今年も実家でもう一泊。やたら飯がうまい。そのうまい米、ゴゴミやとうたち菜といった山菜などお土産をたくさんもらって、昨日と変わって気持ちよく晴れたまだ風の冷たい春の信州をリーブ。



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「うさぎ追いしかの山」方面からふりさけ見れば、昨日は雲隠れだった飯綱山。


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2018/03/31

花を愛し歌を歌い45周

一気に暖かくなったもんだから、花もいろんなのが一気に咲いて、そこらをほっつき歩いてるだけで楽しい。先週は大好きなコブシとハクモクレン。なんで好きかというと一つは名前を知っているからというのが大きいが、もう一つは「せーの」という感じであちこちの木で申し合わせたように咲くところもいい。桜も週初めに咲き始めたと思ったら今日になって完全に満開。黄色いレンギョウや華やかなハナモモももう咲いている。愛すべき生まれて育ってくサークル。天使たちのシーンの一節を思い出してみたりする。

今日は近くの運動公園へ。陸上トラックの外周に沿って桜が満開で、いい具合の風もあったので桜吹雪がいい塩梅に舞っていて、いーつか誰もがー花を愛し歌を歌いー、とそんな鼻歌を歌いながら気持ちよく30キロ走スタート。1周660メートルを45周。途中左の内踝が痛くなって思ったほど良くは走れなかったが、なんとかキロ5分のイーブンペースを最後まで保ててよかった。意外な充実感。

給水は駐車場にボトルを置き合計1リットル摂取、エナジー補給は無し。体重は前後で2.2kg減。発汗量は3.2リットルの計算。相変わらず10キロ1リットルの法則。本番にむけてこれが最大の心配。

長野マラソンまで2週間。やけに好調だった(本番では失速した)昨年や一昨年ほどには調子は上がっていないが、(直前まではあまりパッとしなかったが)本番では現在までの自己ベストを出した2015年の時に近い感覚。自己ベストを更新するという謎だろうか。2015年みたいに日差しが無く走りやすい天気になるといいのだが。


関係ないが、最近、駐車場の担当が変わったようで、先日来、私のエリアはこの2頭の受け持ってくれている。ありがたい。Ws001221


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2018/03/22

佐久鯉マラソン(昨年)

エントリが迫ってきて、今年も出たくなってきて、しかし今年はほかの予定との関係が厳しくどう移動できるかが課題なので、昨年を参考にしようと去年書いた自分のブログなど見てみたところ、見当たらない。どうも書いたままポストしてなかったようなので以下、昨年の大会のこと今頃投稿。

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(20170504)

今回初めての参加。エントリーしたきっかけはバルトだったと思う。漢字で書くと把瑠都だったと思う。そして上野選手。この二人のゲストに目がくらんだ。長野県開催ということもポイントだった


それで更に情報を得ようと過去の大会の情報などを調べてみたら、初夏のとってもさわやかな佐久を走ってる写真が魅力的だった。そしてその時、長野マラソン3週間前という最も気力の充実していたタイミングだったため、エントリボタンをクリックする指に勢いがついたというのもある。


当日。鉄道だと始発でも間に合わないので移動はクルマにした。3時に起きて4時に家出、7時過ぎに到着。幸い連休渋滞はかわせた。


佐久ICで高速を降り県道に降りてすぐの岩村田のあたりで、向こうの山並みを背にバルーンフェスティバルの熱気球がたくさん浮かんでいる風景を見て、来てよかったと思った。壮観だった。爽快だった。


7時半前に会場に駒場公園に到着し、第一駐車場は8割方埋まっていたもののまだ空きがあって無事駐車。佐久長聖高校のバスがあってさすが地元。


受付のグランドに行ってもうその時点で風景がいい。つづいて更衣室に使わせてもらう佐久創造館に行くと玄関のところに無造作に把瑠都氏と上野選手がいてびびる。とりあえずニヤニヤしながらその脇を通って館内に入った。二人のゲストがエントリのきっかけだったとか言いながらおれは何をやっているのか。


着替えを済ませ荷物は更衣室に置き開会式に参加。上野選手の指導による準備体操、把瑠都さんのナイスガイ感あふれる挨拶。

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開会式が終わって10キロの部までまだ時間があるので暇に任せてアップなどして過ごす。スタート10分前にグランドに集合。天気は良く日差しはチクチク痛いくらいの強さ。スタートするとグランドの砂埃がすごい。乾燥してる。


公園内を2周してから公道に出ると向かい風がきつい。もうすでに心臓が苦しいが、道路の左手の牧場で牛がいたり子ヤギがめーめー鳴いたりしていて楽しい。


前半はずっと向かい風のやや登り基調。暑さもあって無理してないつもりなのにめちゃくちゃ苦しい。しかし5キロくらいで折り返すと風は追い風しかも下り基調になって、この辺から急に元気が出てきた。しかも景色がどんどん良くなって楽しくてしょうがない。


ラスト1キロくらいからの登りが結構きついが、坂の上に一緒にスタートしてすでにゴールして戻ってきたと思われる上野選手が見張っているので手が抜けない。しかも選手がまばらなので上野選手と1対1な感じになって気まずい。というか喜んで右手を挙げながら「ご苦労様です」と言うと、右手を合わせると「いいですよもう少しです」と声を掛けてくれた。やたら力が湧き残り500メートルをダッシュのようなスピードでゴール。
(10キロの部、46分14秒、実質9.6kmくらい)

ゴールしてすぐにゼッケンの裏のセンサーの回収。まだ心拍数が最高に上がっているときに立ち止まったので心臓も止まるかと思ったが大丈夫だった。そのあと記録証の発行。係の人がゼッケンのバーコードを読み取る式。この記録証が秀逸なのはそのサイズ。だいたいハガキの大きさ。普通はA4サイズでもらうことが多くゴール直後のバタバタしてるときに貰っても邪魔で困るものだが、はがきサイズだとペットボトルのふたを開けるにもちょいと指に挟んでおけば済むので楽だった。


あと、ゴール後にスイーツコーナーなるサービス企画で焼き菓子を貰ったが、これが矢鱈うまかった。
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解散後バルーンフェスティバルにちょっと寄ったあと、せっかく来たので小諸の懐古園に足を延ばし、たまたま再開直後だった小諸市動物園にも寄ってフンボルトペンギンの前で長居をし、 美術なんかにまったく興味のなかった中学柔道部の県大会が小諸で開催され2回戦敗退した帰りに柔道部の顧問だった美術教師に連れられて拝観して以来の思い出の小山敬三美術館に寄って感動のあまりポストカードを購入し、帰宅。

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ということで、本日エントリー締切日、締切2時間前に思い切ってエントリしてみた。


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2018/03/19

2年半検診

久しぶりに御茶ノ水。手術後2年半のフォローアップ検査。朝の満員電車に揺られながら、もう相当な昔、記憶のかなたから自分が就職先を決めるうえで「満員電車に乗らずに済む勤務先」「ネクタイをしなくて済む職場」だけを考えていたことを思い出す。たしか情報誌をペラペラめくって3分くらいで決めた記憶がある。バブルだったもんで。それにしても毎朝こんな通勤をしている人たちはすごい体力だと冷やかしではなくほんとに、病院に着くころにはくたくたなおれ思う。

そのダメージが検査に影響しないか心配はあったが、検査の結果に大きな問題は無く一安心。まあ小さな問題はちょこちょこあって、腎臓に関してはクレアチニンが値が正常範囲をわずかに超えている。あと、ヘモグロビンとか赤血球関係が相変わらず正常範囲より低くて満員電車に対する弱さとマラソンの弱さを裏付ける形。

Ws001217 湯島聖堂からニコライ堂

この病院に行った帰りはいつも、朝はん兼昼はんを腹に入れたあと聖橋を渡って、昔聴いたさだまさしの『檸檬』を頭の中で再生しながら湯島天神に参るのが習慣。梅は終わって桜はこれからな感じのはざま感が好ましかった。


それはともかくデイヴィッド・バーンの新譜。良い。先週からこればかり聴いている。


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