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2016/04/18

2016長野マラソン



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花桃。

北長野駅からスタート会場に向かう道


今年は今までで一番いい準備ができたので持ちタイム3時間39分(ネット)に対して3時間35分切りを狙ったがならず、自己新にも4分及ばないという結果。


スタート前に、熊本地震の被災者を思ってみんなで黙祷、右の手首には3つのリストバンド。一つ目は本大会チャリティエントリの赤、二つ目はフジロック被災地支援プロジェクトの白、三つめは癌に勝つ意志を示すLIVESTRONGの黄。雨がパラつき出した空は大荒れが予想される、号砲から2分9秒でスタートライン通過。


着ていたビニールはすぐに脱いだ。風と雨で気付かなかったが気温が結構高い。ペースは順調。最初の1キロこそ5分30秒かかったが2キロからは5分ちょうど付近で安定。今日の目標は3時間35分なのでペースは当初キロ5分5秒を考えていたが、5分ちょうどで楽に走れてるのでこれで良しとする。


というのも今日はエムウェームを過ぎてからの中盤から後半にかけては強い向かい風が予想されペースが落ちるのが確実だから。予報では西南からの風5~10m/s。まさにその西南方向にあるゴールに向かって走ることになる。まだ町中で風の影響の少ない前半に少し稼いでおかないと目標達成は難しい。


5キロ過ぎ。最初の給水を二つとる。すんなり飲めてほっとする。一昨日から胃腸の調子を崩していたのが不安材料だったがこれで安心した。善光寺への坂を上って大門からの下り坂は応援も多くて気持ちいいこともあり、飛ばしすぎないよう抑えるもののついペースが上がってしまう。6-7キロの区間4分33秒。自分にとっては速すぎる。


そして一旦ついてしまった勢い、抑えるのがなかなか難しく、スピードを下げようとするとフォームが崩れて逆に疲れてしまい、フォームを立て直すとスピードも自然に上がってしまう状態。今回のため新調したシューズ、アディゼロboost2のboostが掛かってるなと思った。ままよ。このペースの方が楽なのでこのまま行く。結局17キロ地点エムウェーブまで4分55秒前後で推移。


今回、事前の30キロ走で前半抑えて後半徐々に上げてキロ平均5分程度にまとめるペース配分が珍しく良くできたので、本当はペースのピークは30キロくらいの気持ちでいく計画だったが、結局危険な計画変更となった。いずれにしても30キロまでは「ギアを一枚残しておく」という気持ちを心がけたいところ。


17キロのエムウェーブを回って本格的に向かい風区間に入った。五輪大橋を渡り料金所を過ぎるとさらに雨風が強まりバシバシと前方から叩き付ける。この影響で集団は分裂。隊列はあちこちで中切れを起こし小集団化している。時より体があおられる程の風なので、前の集団へジャンプするには力を使う。力を使ってペース維持を取るか、今の集団でしばらく体力を温存する方をとるかの悩みどころ。というかさほど悩むこともなく前者を選択した。先々週のロンド・ファン・フランデレン、先週のパリ・ルーベを観てきたおれだ。風には慣れている。横風区間ではエシュロンを組もうと見知らぬ並走者に呼びかけたいくらいの気分だ。20-25キロの平均5分03秒。


しかし風はいいとして雨で濡れた靴下が気になり出した。今回、足に若干不安があったためサポート力がある「リガード」ソックスを履いてきたのだが、このリガードは生地が厚手のため水を吸う。水を吸って足とのフィット感が落ちたのか靴の中で足が動いてしまい、つま先がちょっと痛くなってきた。過去の経験としては2013年の雪の長野マラソンのときに履いた薄手のソックスは水溜りでも水はけが良くて快適だった。それがあったので、雨が予想された今回も水はけを選ぶか、サポート力を選ぶか迷ったのだが、今となってはまあ仕方ない。ネガティブな思考はシャットアウトだ。


29キロ付近。堤防を降りたところで斜め前から強まった雨風が容赦なく襲う。その雨風を少しでも避けようとして集団は自然と道端の塀沿い2列棒状になって進む。それを見て自分は、荒れた石畳を少しでも避けようと道端の平らなところを探して走るパリ・ルーベの一場面を連想し無理やり楽しい気分を演出。25-30キロ平均5分18秒。風の影響を考えるとまだ許容範囲。


30キロを通過。さあギアはまだ1枚残っているか?ふたこぶらくだの坂で試す。どうもあまり残っていない模様。ドーモ君の応援ポイントだが今日は雨なのでドーモさんはいないことは折り込み済みだが、脚が残っていないことは折り込み済みではなかった。


気持ちを立て直すためにサングラスを外してみる。雨風が目を直撃するので顔をしかめる。しかめた顔とつらい顔は似ている。つらい顔をすると心もつらくなってくる。身体の状態は心の状態を規定する。身体論。サングラスを付け直した。


34キロの岩野橋は、これを渡れば折り返しで風が追い風になることから一つの目標だったがなんとかたどり着き、その橋手前の給水所で、ラストの追い上げに備えるための補給。黒のメイタンジェル(カフェイン入り)とグリコのグルタミンの粉を投入。このとき、ほんとに粉なので走りながら摂るのが難しいグルタミンの粉を安全に摂取するため、給水のコップを取ったあと道脇にそれて一瞬立ち止まった。


これがいけなかった。飲み込むものを飲み込んで再び走り出そうとした瞬間に、脚がつった。左の内転筋が。雨とはいえ気温は高く発汗量が多かったのも影響したかもしれない。歩きとジョグの中間くらいの勢いで橋を渡り、30-35キロ平均5分28秒。


35キロ地点。橋を渡って確かに風は追い風になったが、雨から一転こんどは日が差してカンカン照り、途端にかなりの暑さとなり、最後の追い込みどころかペースは落ちる一方。そこでさらに追い打ちをかけるように、頼りのガーミン時計にバッテリーが無くなりそうとの表示が。実は2008年に走り始めた時から使っているForerunner405のバッテリーも今回の不安材料ではあった。自分の気持ちが切れるが早いか、ガーミン時計のバッテリーが切れるの早いか。そんなこと考えてちょっと笑い気持ちを紛らす。
脚の痙攣は右の四頭筋、ハムストリングスにも伝染。ペースはキロ5分50秒まで落ちた、この時点で目標の3時間35分どころか自己ベストも消えたことを悟った。


残りは5キロ。記憶から引っ張りだしたのは、「記録より 走れるよろこび かみしめて」という、昨年の長野マラソンで魔法のように自分を励ましてくれた長野マラソン川柳の一句。これを思い出して右手首のリストバンドを見て気持ちの切り替え。


残り2キロ。堤防を降りて最後のオリンピックスタジアムまでの直線道路に入ったところで何を思ったか立ち止まってストレッチをした。こんなことをするのは初めて。脇にそれて立ち止まり、まず左の膝を抱えて内転筋を伸ばしてみた。一気に痙攣が左太もも全体に広がった。痛くて両手で太腿を掴んだまま動けなくなった。とどめを刺してしまったようだ。こんなにひどく攣ったのは初めて。


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アルクマのリュック

しばらく悶絶しながらふと時計を見ると何も表示されていない。どうやらガーミン時計も同時に終了していた模様。その後なんとか動けるようになり時間がわからないまま歩くように走ってオリンピックスタジアム、そしてゴール。時計を見ると3時間45分過ぎ。


今回は自分でも記録を狙っていて練習での手ごたえもあった分、目標を達成できなかったことは残念でしかたない。一方で、2月の愛媛でまだ4時間を切れなかったことを考えると、そして悪天候下の難しいコンディションだったことも考えると、冷静に見て自分の実力的には悪くないタイムなので、あきらめずにゴールしてよかったと思う。これだけ脚を使い切ったという点にも少し充実感がある。こんな天気の中で沿道からの応援が力になった。こんな悪条件の中で我々走者の最善のために尽くしてくれるスタッフの姿に励まされた。


まあ、本番で目標は達成できなかったとはいえ、練習では何か掴んだ気がしている。それは、速く走れば速くなる。ということだ。来年につなげたい。


スタジアム広場で義捐金に心ばかりの協力をし、アルクマにちょっかいを出して、シャトルバス待ちの列で「来年もお待ちしてます」と書かれた飴をもらい、良く晴れてまだ風の強い会場をリーブ。


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