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2018年9月

2018/09/23

ずっと欲しかった 自転車

「探してた・手に入れた」フリッパーズ・ギター/カメラ・カメラ・カメラの節で


条件は、
・いわゆる「ワイドハンドル」イージーライダーのバイクみたいに手首がラクなやつ
・サドルにバネが入って柔らかいやつ
・買い物かごがついている
・町の自転車屋
・駐輪場においても盗まれない、つまりは極めて何事もないありふれた目立たなさ


最初驚いたのは、近所に街の自転車屋さんが無いということ。20年くらい前に引っ越した時にはあったはずだが、今ではホームセンターや大型スーパーの自転車売り場くらいしかない。

その自転車売り場を巡るなかで、買い物自転車でも結構するのを知った。最初は1万くらいを目安に考えていたが、その倍くらは仕方ないかと思った。


そんな中ふと思いついたのは、市の再生自転車。自分もかつて修行の未熟さからつい駅前に留めてしまった自転車を回収されてしまったことがあり、その時、そうして回収された自転車は一定期間受け取りに来なかった場合処分され、その一部は再生自転車として格安で販売されるということを知った。


市のホームページで調べてみたところ、そういった自転車を取り扱ってる自転車屋のリストが紹介されていて、一番の最寄りは隣の隣の市の自転車屋だった。


なぜ放置された市じゃなくて隣の隣の市なのかについて、多少釈然としなかったが、とりあえず行ってみた。


驚いたのは、放置自転車でイメージする普通の買い物自転車だけでなく、スポーツ自転車ロード自転車などもたくさんあったこと。たとえば新品なら20万後半といった感じの見たピナレロのCFRP自転車ほぼ新品などが普通にある。しかも格安。つい当初の目的を忘れて手を伸ばしそうになったくらいだ。なんでこんなのが放置され市から払い下げになるのか理解に苦しむ。


店はちゃんとした店。主人が親切でいくつか試乗させてもらい、当初の予算で念願の買い物自転車購入。うれしがって乗り回している。


Flipper's Guitar - Camera! Camera! Camera!

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14歳の国

遊園地再生事業団の「14歳の国」早稲田ドラマ館で観てきた。おもしろかった。緻密でタイトな構成で素人の自分なんかが言うのもなんだが、今まで見た中でも完成度の高さを感じた。

自分が宮沢章夫さんの芝居を初めてみたのはたぶん「ヒネミの商人」で、CSのシアターテレビジョンで観た。

実演を初めて見たのは「ジャパニーズ・スリーピング」だったと思う。2010年だ。

今回観た「14歳の国」は本で読んでいたので概要は把握していた。舞台は中学校、体育の授業で生徒がいない教室で、教師が生徒の荷物検査をする。こそこそしつつ、教師どおしの会話が宮沢作品独特の不条理さでドリフトしていく。

初演は20年前、1998年に神戸のニュータウンで14歳の少年による衝撃的な事件の直後に発表された。

早稲田の駅で降りるのは初めて。変なティーシャツの若者や武士の装束の若者が歩いてて早稲田だなと思う。会場の早稲田小劇場ドラマ館、グーグル地図を観ながら歩いたが最初気付かず通り過ぎてしまった。さすが小劇場。こじんまりとしている。

ようやく開場を待つ列に並ぶと、通りがかった中学生A「何の列だ?」B「芝居じゃね?」A「サウンドトラックじゃね?」A「え?」B「サウンドトラック」

君たちは芝居をしてるのか。笑ったじゃないか。

続いて通りがかった壮年男性はこういう「ほほうドラマか」。こちらはきわめて凡庸だ。


今回は事前にWEBで予約し、当日名前を言って代金を支払うシステム。列に並んでからハッとして中身を確認した財布には千円札2枚。代金は3.8枚分必要。焦って一旦列を離脱し銀行を探すも、小銭入れを持っていたことを思い出し中を除くと小銭を合わせてなんとか間に合うことが判明。ほっとした。なぜ家に出るときに確認しないのかと思う。


開場になって中に入ると、狭い空間に面積の5割を占めるかという舞台があってそこに机と椅子が15セット並べられているのだが、その向き、その近さにびびる。近すぎて緊張するからつい後ろの席に座ってしまう。舞台は鉄板(?)で作られているように見える。どうやってこれをここに入れたのか。それともここで溶接したのだろうかか。


いよいよ時間になってお決まりの開場案内のアナウンスが流れる中照明が変わっていき、そのアナウンスに被さるように校庭で遊ぶ子供たちの声と音楽が流れ、役者が登場。この始まり方がおそろしく恰好よく、何か始まる感が高まる。


印象に残ったシーンはたくさんあるけど、その一つ。

そういえば机からものを落とす生徒がいる、話から脱線していき、机が狭いんじゃないか→生徒の体格も変わった→私も弁当を落とした→私の授業中についにあるものが落ちました→何だと思うか→「隣の生徒です」この「隣の生徒です」の、こう文字で説明しても全然伝わらないが、「感に堪えぬ」という狂気ともいえる口ぶりがツボにはまったなあ。笑った。


先生間の温度差、疑心暗鬼、自分達がしていることの後ろめたさと肯定、会話はあるけどコミュニケーションは断絶、そして一番「不良」な美術の先生が「あなたの見たいのはこれでしょう」と言って机の裏面にガムテープで隠されていたナイフを見つけ出し、「首謀」の学年主任の先生に見せる。ラストはそのナイフを戯れに握った教師が、ほかの教師から握り方を指導されているうちに、別の教師を刺す。美術の先生が再び学年主任に「あなたはこれが見たかったんでしょう」。


会話のずれていく感じと諧謔の裏に潜む心ザワザワとさせるもの。芝居をそれほど観てるわけじゃないので特に思うのは、役者の体や視線が目の前にあるという生々しさが、それを希釈無しに伝えるので本当に緊張する。本や映像と一番違うのはその緊張だと思った。

Ws001316


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2018/09/21

3年経過

癌の予後の目安として5年がよく区切りとされる。
英語で言うとファイブ・イヤーズって感じ。というのはデイヴィッド・ボウイの曲名。


自分の場合、腎臓の腫瘍を切り取ったのが2005年の9月なのでまだスリー・イヤーズ、まだまだアマチュアだが、今日その3年目の検査をクリア。


普段はそんなことがあったとはもうすっかり忘れてるけど、検査のたびにちょっと思い出すので、何にもなかったということに、ちょっとらくらくしている。


今日病院に行って、3年前に主治医だったi先生と一緒にサブ的に入院と執刀を担当してくれたw先生が転勤になったことを知る。w先生はマラソンを走る人だったのとそのフランクな人柄もあり、入院時には普通怒られそうなこと(3週間後の手賀沼ハーフを走ってもいいのか、1か月後の富山マラソンを走って大丈夫か、とか)も訊けたし、質問するたびに励まされた恩人。主治医のi先生が転勤するときに「大学病院だから転勤は仕方ないんです」と言っていたが、今回は挨拶もできなかった。残念。

一方、新たな担当のt先生がいい。診察室に「お願いします」と言って入室すると「よろしくお願いします」とわざわざ席を立ってお辞儀をしてくれるのに驚くし、退出時に「ありがとうございました失礼します」と言うとまた席を立ってお辞儀をする気配を感じることにびびる。というのもあるが、何しろ説明が生真面目で丁寧。CTの画像をこちらに向けて一つ一つの断面について説明してくれるし、血液の値についても丁寧にコメントしてくれる。そうして患者に丁寧に時間を割いてくれる一方、次回の予約の書類を届ける際に、待合室からたまたま見えた診察室から事務室にダッシュして届けてる姿を目撃するにつけ、むしろ応援したくなるような気分。

とにかくt先生の見立てでは、なにも問題なし。一つ一つの結果についてその根拠を含めて伝えてくれるから、安心・安心・大安心 という天才クイズのテーマソングを歌いたくなる気分だ。


まあとにかく、2年経過して、転移は確認されず、血液の値も概ね問題なしとのこと。差し当たってはあと2年はこのまま維持し、その暁には天才クイズじゃなく、ファイブ・イヤーズを歌いたいものだ((歌詞は逆の意味なれど)。


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2018/09/10

あたま変化なし

もう9年も経つとさすがに普段は意識してないが、2年毎の経過観察で撮ったMRI画像をみると、その時はさすがにがっくりくる。なんでこうなってしまったのか。

今日がその2年ぶりのMRIの日。画像を観ながら「やっぱり(血管が)無いですね」と言うと「普通なら半身不随ですね。死んでてもおかしくないです。薬飲み続けてくださいね。」と明るい声で説明してくれる主治医。こっちもつい笑ってしまう。最高。いつも救われる。

何しろ血管が閉じてしまった原因がわからないので気を付けようが無い。代わりに血液を届けてくれる細々した血管を詰まらせないよう気を付けるのみだ。水分、休養、納豆。わからないが。


左が2009年。狭窄はあるがまだかろうじて通っている。その後2年で完全閉鎖。
右が2018年(今日)。変化なし。
Ws001315


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2018/09/02

東京JAZZに行ってみた

土曜日ははじめて東京JAZZに行ってみた。コーネリアスとR+R=NOWと民謡クルセイダースを観てきた。

座って観るコーネリアスは初めてだったが没頭できるせいか、立って観たときよりも何か胸に迫りくるものがあった。ただどういう具合なのか位置的な関係のなのかわからないが、音がやたらでかくて不快に感じるほどで、後半は指で耳を塞ぎながら聴いた。これでちょうどいいくらいだった。むしろ過剰な残響やノイズが適度にキャンセルされてまるで from Nakameguro to Everywhere ツアーの時のようにクリアで快適。ちなみにNHK-FMで生放送されていたのをあとで録音で聴いたら会場で耳を塞いだときと同じようにクリアな音だった。なんなのか。

さすがなのはNHKホール、コーネリアスのステージは映像とのシンクロが要であるが、スクリーンがいいのかプロジェクターがいいのか、その映像がきれいだった。

ロバート・グラスパー率いるR+R=NOW。ジャズと言われるとまずクイーンのバイシクルレースが入っているアルバム名を連想するくらい何もわかっていない自分だが、このバンドが凄い演奏をすることは最初のドラムが聞こえた瞬間これはやばいと思った。手数は多いがしなやかなので小川のせせらぎのように滑らか。後半、ベースのソロが始まると他のメンバーはみんなドラムセットの後ろになんとなく集まって写真を撮ったりじゃれあったりしている自由さ。そのソロにドラムが合流し、ロバートグラスパーはデタラメに弾いてるんじゃないかというキーボードの即興。リズム隊とキーボードがそれぞれてんでバラバラの演奏をしてるうちにいつの間にか位相が揃っていく怒涛のラストに度肝を抜かれた。ジャズってやつは。最後に演奏を続けたまま一人ずつメンバー紹介をして終わる、という
終わり方もかっこよかった。

ステージ上は2台の台車カメラに加えてさすがNHKホール、クレーンカメラが自由自在に伸びていた。10月14日にBSプレミアムで放送すると場内アナウンスが言っていた。楽しみだ。家にBSは無いが。


NHKホールから外に出て、ずっと観たかった民謡クルセイダース、ケヤキ並木のステージは少し雨が当たっていたが満員。ラジオやシーディーで聴いてこれは盛り上がるだろうとは思っていたが、予想通りの大盛り上がり。「東京ジャズの飛び道具です」と自己紹介。日本の民謡をラテンのリズムに乗せて歌い、物珍しさで集まったジャズな人たちのドメスティックな本性を一発で鷲掴み。
例えば、会津磐梯山
 小原庄助さんなんで身上潰した、朝寝朝酒(中略) → 「もっともだーもっともだ」
例えば、炭坑節
 月がでたでた月が出た → 「はー ヨイヨイ」
 さぞやお月さんけむたかろ → 「さぞヨイヨイ」
このドメスティックなコール&レスポンスの快感と言ったら。そしてさらにシーディーにボーカルの塚本さんメグさんのサインを貰い、来てよかったと思ってアラヨイショ ヨーイショ ヨイショ ヨーイショ ヨーイショ と串本節を唱えながら帰宅。

串本節はこんな感じ
https://youtu.be/Pmg60MGEkv0?t=112

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