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2018/11/16

新米

実家の兄が今年も新米を送って呉れて、毎日うまいうまいと言って喰ってるわけだが、今年はいつもの「コシヒカリ」のほかに、今年試験的にに作ってみたという「つきあかり」という品種も貰って、交互に炊いている。


この「つきあかり」がうまい。


子供の頃から猫舌として知られ、部活帰りの俺のために母がわざわざ炊いて待っていてくれたご飯を食べず冷蔵庫の冷や飯を選んで母を悲しませたほど冷や飯派の自分としては「冷めたときどうなのか」とういうのが大事な基準。
つきあかり、完璧にクリア。


そして秀逸なのは炊いてるときの匂いだ。


匂いがいいのは新米だからかもしれないが、その匂いがほかの米とは違うなんかうまみのある匂い。これはなんだっけかなと毎朝早起きして匂いを嗅いでるうちにやっとわかった。これは一杯目のビールのあれだ。


思えば人間の五感の中で匂いというのは表現の仕方が一番いかんともしがたいものだな。視覚だったら写真、聴覚だったら録音で、保存→時間を経ても人と共有できるのに対し、匂いというのは今のところ比喩的な表現による文字での記録でしか他人と共有のしようがないではないか。

なんだったおれは、ご飯の炊きあがりの匂い専門家になってもいいんだ。とか俄然思う。


そして「コシヒカリ」も安定のうまさ。「つきあかり」が天才佐山サトルだとすれば「コシヒカリ」はいぶし銀ピートロバーツとか木戸修的な安心感に例えられよう。


とかそういう例えをしてしまうのは、昨日会社の空手家の先輩から「ナベさんの先生の本があったから」と言って渡された「真説・佐山サトル」という本を毎晩熟読しているから。これはあの時期プロレス野郎だったものにはまったく共感しっぱなしの素晴らしい本で、中でも佐山さんの中学生の頃の話には、プロレス雑誌を熟読し数学の時間はもっぱら技の開発に没頭し柔道では勝つことよりいかにプロレス技を披露するかということしか考えてなかったという点において、これはどこの俺なのか俺と全く同じじゃないかとすべての俺が共感してやまない共感とともにあった今週だからなのであった。何を言ってるのかわからない。

真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男 (集英社インターナショナル)(アフォりたくないので控えめなリンク)


これからも「つきあかり」と「「コシヒカリ」を食べて生きていきたい。

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