カテゴリー「愛媛マラソン」の記事

2018/02/06

2018愛媛マラソン

今年も運よく当選、愛媛マラソンを走ってきた。だいぶ寒くて手はかじかんだが脚の動きに支障が出るほどではなく、愛媛マラソンの中ではこれまでで一番いい走りができてうれしがっている。


いつも通り前日土曜日、羽田発12:30のJALの便で出発。昨日の金曜日、関東では結構な降雪があって、思い出したのは4年前の初参加の2014年、土曜日に全国的な大雪で飛行機は欠航し新幹線でぎりぎり間に合ったときのことで、今年は一日違いでよかった。今日は晴れていて無事に離陸。

そしていつも通り、客室乗務員さんの愛媛マラソン応援機内アナウンスを聞いて気持ちよく松山に着陸。いよてつリムジンバスはすでに満員で一時的に発券中止の状態。それじゃ定期バスで行こうかと思ったところ、いよてつの係の人が、いま掛け合って増便してもらったので、少し待ってくださいね。いま車庫から出てるところです。いう意味のことを、行ったり来たりしながら案内してくれたので、待つことにした。人のよさそうな人間味ある係の人の立ち回りを観察してると時間を感じなかった。

その後、無事に到着したリムジンバスに乗り、まずはホテルにチェックイン。荷物を置いてから受付会場の南海放送へ。受付の高校生から頑張ってくださいという言葉とゼッケンを受け取り、明日の補給食の展示をチェックし、お濠を渡って公園で参加賞のティーシャツを受け取り、観光協会からの県外参加者への参加賞を受け取り、早くも受け取ってばかりだ。

場内放送は明日の寒さと低体温症対策を繰り返し訴えている。スポーツ店の出店も防寒グッズの品ぞろえを強化している。ウェザーニュースの予報では明日の最高気温3℃とのこと。私はtenki.jpの最高気温1℃風速7m/s曇りを覚悟してきたのでむしろ少し気が楽になったくらいだ。そんなことを思ってにやにやしながら会場を一回りするうち、開会式の時間を逃してしまった。仕方ないので少し早いが夕飯にしようと徒歩で大街道へ行き出雲屋さんで鯛めし。そのあと少し近所をブラブラしてると弱い雨がパラパラと降り出したので、宿に逃げ込み明日の準備。


翌朝、5時半に目覚ましを掛けてその30分前に目が覚めるのは毎年恒例。ホテルの朝はんの時間は少し遅いので近くのコンビニへ調達に。表に出ると風が強くてかなりの寒さ。1時間予報だとこの後さらに気温が下がる予報なのが笑える。こういう悪コンディションの時の方がなぜかワクワクするなあと思いながら速攻で部屋に戻って朝はん。ジョー・ストラマーを聞いたりラジオ体操をしたりしながら準備。9時に宿を出て会場へ。いよてつで。会場まではほんの1キロほどの距離だが、少しでもいろいろと温存する作戦だ。体温とか。脚とか。


ただこの時間になってみると、思ってたより寒くない。日差しが出てきたからだ。荷物を預けて、トイレ行列に並んだらスタートブロック締め切りに間に合わなそうなのであきらめて、割り当てのDブロックに並ぶ。Dブロックの列の右方には日陰を作る木があるが、その日陰よりぎりぎり前方に並べたので日差しを存分に浴びられる。


開会式は、今回も走る愛媛県知事の見事に簡潔な挨拶、市長、ゲストランナー土佐さんの挨拶。といつものようにキビキビ進行したと思ったら、その次の初参加の渋井さん、それまでの人たちから一転こっちが心配になるようなゆっくり口調で、初めて市民マラソンというのに出るけど。朝も早くからトイレに行列して、1時間も前から寒い中スタートの列に並んで、何がおもしろいんや。と言った意味のコメント。笑った。


その後、誘導にしたがい、「道後温泉にゃー。山田屋まんじゅうにゃー。和田ラヂヲにゃー」という猫ひろしの掛け声を右手に聞きながらスタート地点の県庁前の道路に移動。和田ラヂヲを採用した点は評価したい。


ビルの日陰を避け日向に位置取りたいという思惑ひしめく中、10時号砲。私は透明ビニルカッパを着たまま3分30秒のロスでスタートライン追加。

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スタート前。県庁前。

走ってる道中は、

 ・マイボトル作戦。改良(輪ゴムでストラップ)成功。
 ・平田の坂が楽しくてしょうがない。
 ・いずれつく、のプラカードの人、今年は多弁
 ・ゲストの渋井さんが所在なさそうに一人で走ってたので声を掛けた
 ・立岩川から光徳院まで登って右折し下りに差し掛かる手前の風景がきれい
 ・後半トイレで手がかじかんで服装を整えるのに手間取りすぎて笑った
 ・なのに、背中のポケットに桐灰の「はる」を予備で入れておいたことをすっかり忘れてた。
 ・36kmで計画通り黒のメイタン摂取
 ・平田の坂を上って下ってメイタンが効く予定の平田交差点を左折したところでペースアップ。
 ・その直後、本気を出した渋井さんがすごい勢いで追い抜いていくのでついて行く。
 ・ついて行けるはずがない。
 ・それでもキロ5分くらいで走れてる。メイタンが効いてると思った。
 ・41kmからの1キロは4:37/km。メイタンはすごいと思った。
 ・最後ゴールに向かってお濠を渡る左折、電光掲示板を見ると13:49:06。瀬戸際。
 ・それを見て最後のスパート。

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トンネルの応援団

そんな感じで、フルマラソンのラストをフルガスで走れる脚が残ってるなんて出来過ぎ。おれとは思えない快走。タイムもこのコースで一番いいタイムだった。3時間49分53秒(正味 3時間46分20秒)


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フルガス5秒前


いい走りができてただでさえうれしい中、完走タオルをかけてもらい。ハイタッチ攻めを受けさらにうれしい。そしてお接待コーナーに向かい、真っ先にいただくのはいもたき。走りながら食べるのは苦手な自分にとってゴール後の松山青年会議所がふるまってくれる「いもたき」こそが楽しみだった。いもたきの温かさで背骨がしびれる。いもたき最高。寒い日はいもたきに限ると俺の胃袋が思った。それからパスコのパン(うまかった)、JALのスープ(手も温まった)、JA愛媛のおにぎり(喉カラカラでもふっくらしっとり)、ヤマキのスープ(だしが効いてる)、などでおなか一杯。


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いもたき(上)とJAえひめ謹製おにぎり(の入った袋)(下)

着替えるのを忘れて食ってたらさすがに体が冷えてきたので、上着だけ羽織って会場をリーブ。本格的に冷え切ったところで道後温泉に到着。参加賞の入湯券で神の湯につかる。きもちよすぎて何も考えられない。極楽。


職場に愛媛大学から新卒で入ったのが一人いて、たびたび「愛媛に帰りたい」と口にする(本人は東京出身)のだが、よくわかる。自分も愛媛に帰りたい。来年も抽選に当たりますように。


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2017/02/15

2017愛媛マラソン

松山空港に着陸したJALの機内アナウンス、機体を揺らした風が皆様にとっては追い風となりますように、との愛媛マラソン参加者への応援の一言に気を良くして着地した松山は、曇り空で風は冷たい。伊予鉄の路面電車内では、毎年梅まつりの頃に寒波が来てそれから暖かくなっていくという会話が聞こえる。


受付を済ませて、今年は初めて大会前日に行われる開会式に行ってみた。川内選手が出るそうなので。会場は満員ですでに満員で抽選会の抽選券も配布が終わっていたが、川内選手のカレー話が聞けた。


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開会式

一時は週間予報で雪の予報も出ていたので、雪のレース+川内選手という2013年長野マラソンを思い出さざるを得ない展開もあるかと思ったが、天気は大丈夫そう。


毎年お世話になっている国際ホテルにチェックインし、フロントの皆さんから手作り応援みきゃんで歓迎され毎年のことながらうれしくなってしまう。大街道の飯屋で鯛の荒炊き定食を頼んだらすごい迫力。腹ごなしに大街道を往復して宿に戻りゼッケンをウエアにつけて就寝。


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今年の応援みきゃん

翌朝5時過ぎに自然に目が覚める。なんでこんなに目覚めがいいのか。朝食は、例年は前日に買っておいた冷たいおにぎり4個とかだけど、今年はホテルの朝食付き。やっぱ温かくておいしい朝食は元気が出ると思った。


天気は晴れてるが気温は低く強い風が心配だったので冷え対策で念のため腹にワセリン塗布。持参した腹巻を着用するには及ばない感じ。手袋は参加賞のM社製手袋Mサイズが自分の手にジャストフィットで具合がよさそう。持参したのではなくこの参加賞のグローブを着用。荷物受付時間ぎりぎりまで部屋で粘って8時50分会場へ向かう。


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参加賞M社グローブ

スタートの列に並ぶ。Dブロック。日向にいると暖かい。少し列が前に進んで木陰に入った途端に寒い。寒い位置のままスタートセレモニー。市長、知事、ゲストの方、土佐さん、高橋Qさん、みんな話が短くコンパクトで気持ちいい。みきゃんをはじめとするキャラクターの皆さんに送られながらスタート地点の伊予鉄県庁前駅付近に移動。10:00号砲。3分くらいの差でスタートライン通過。1キロほどでさっき出てきたばかりのホテル前を通過。従業員さんが表に出て応援してくれててうれしい。


そのあとざっと42キロくらい走ってゴール。
特筆事項としては、

・15キロ過ぎに先頭を独走する対向車線の川内選手と遭遇したこと。こっち側のランナー(自分含む)が自分のことそっちのけで大声援を送るのに笑った。
・脚が攣らなかった。
・天気が良くて海、山、みかん畑の景色が気持ちよかった。


あと、相変わらずいい応援が多かった。
平田の坂を越えた辺りの「いずれ着く」というちっちゃな手作りプラカードを持って立ってる人が秀逸。男性女装ランナーの通過で笑いが起こる中、ええよ。ええよ。と一人許しを与えるようなじいちゃんの声援もいい感じだった。


ゴールするとそれこそ何十人という中学生か高校生が待ち構えていてハイタッチ攻め。そしてふわふわ厚手の今治タオルを肩に掛けて貰い、記録証、荷物受け取り、青年会議所の芋炊き、pascoのパン、JALのスープと甘酒、JAのおにぎり、ヤマキのキノコがたくさん入った玉子スープ(NEW)。至れり尽くせり。ありがたい限り。


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松山城


ホテルに戻って夕食券をもらったのでホテル内の日本料理店で早い夕飯。おかみさんから「走られたんですか?」と話しかけられしばしの会話。そのあと伊予鉄で移動しこれまた参加賞の入湯券で道後温泉に入ったあと、通りがかりのタオル店のおばあさんに話しかけられ楽しい長話。そういえばお土産の山田屋のまんじゅうを買った店でも「走られたんですか」と話しかけられた。どういうわけかやたら話しかけられる三日間だった。


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応援も走者もお土産屋もダークみきゃん率が高かった

一応、今回は館山若潮マラソンの2週間後で、その館山は脚が攣って練習不足が露呈し、その後もあまり走れてなかったのでタイムは期待できない。とりあえずキロ5分半でいいやと気楽な気分で走った。そしたら5分半ペースで最後まで行けて結果として愛媛マラソン4回のうちの一番良いタイムでゴールできた。何が良かったのか。


脚が攣らなかったのが一番大きい。やっぱりペースを抑えれば脚も攣らないということなのか。これが適正ペースだということか。いやそうではない。とうかそういうことにしたくない。次の長野マラソンではキロ5で走りきりたいのだ。ここはメイタンのサプリメント「2RUN」が効いたのだということにしておきたい。機体を揺らした風が追い風になったのだということにしておきたい。


アサヒの鍋焼きうどんと松山空港の心ひかれる階段の言葉をチェックし、今年も楽しかった。来年も来れますように当たりますように、と念じながら松山をリーブ。



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アサヒの入り口にて


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階段


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2016/09/25

越後湯沢秋桜マラソンに出てきた(2016)

秋桜マラソンはいつも天気が良くて、布団を干すには秋桜マラソンの日に限ると常々申し上げてる次第だが、今年も見事な展開だった。1週間前の週間予報ではばっちり雨だったのに、日に日に秋桜マラソンの日曜日の降水確率が下がっていき、当日はやっぱりいい天気。日差しが痛いほどの秋晴れ。今回で6回目の参加になるが毎回そうだ。ちなみに土曜日は雨まじりの曇り、明日の月曜はまた雨模様だ。


ちなみに昨年はエントリーはしたものの入院して腹を切っていた関係で出場できなかったわけだが、その昨年は噂では雨が降りそうな曇り空だったとのこと。

また、初めて参加したのが2009年だが、その前の年はたしか雨だったとのこと。


だから最初の布団干しの件は、秋桜マラソンは、というより、自分が参加する秋桜マラソンは、といった方が正確だ。どういうことか。歓迎されてるのだろうか。


歓迎されるのはうれしい。今年みたいに暑すぎて具合が悪くなって思ったように走り切れなくても振り返って後で楽しく感じるのはやっぱ天気も関係していると思う。強い日差しを受けて映える山の緑や稲刈り前の田んぼの黄金色の記憶が最後に残る。本当を言えば一度は涼しい曇り空で歓迎されてみたいと思うが、そんな贅沢は言わないと誓った俺だ。

最初の山の方に向かい6.5キロで200メートル登って、それを別ルートから一気に下ってスタート地点に戻り、残りの8キロは温泉街への往復というコースはタイムは期待できないけど変化に富んでいて飽きないし、ペース配分なんかいっちょまえに考えたりしていると楽しい。


タイムは期待できないとか言いつつ、最近わりと調子がいいような気がしてたのでこのコースの自己ベストくらいはと思っていたが、何しろ歓迎されている関係で朝から日差しが強く暑かった。それは予測していたことなので、宿の朝はんでみそ汁を3杯飲むなどして対策したが、これがいかんかったのかもしれない。3キロの給水で水を飲もうとしたがみそ汁がこみあげてきて飲めない。腹が痛い。5キロの給水でも飲めない。やっぱり脇腹が痛い。普段の練習では30分で1リットルの発汗を誇るおれだ。うすうすやばいと感じていたが、下りを終わって一度スタート地点に戻ったところですべてを出し切ったと思い、リタイアを決めた。なんのすべてかというと汗のすべてだ。なぜかというと汗がピタッと止まったのだ。主治医の顔を思い出した。やばいと思った。


リタイアを決めてその場でしばらく15分ほど休み、結局リタイアの仕方がわからなかったのと、腹の具合が急速に回復したこともあって、ゴールまで疲れない程度にジョギングでゴール。いったい何をしてるのか。


あと、前日食べた人参亭のヒレカツがうまかった。
あと、工事現場の柵がトキだった。

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2016/02/11

2016愛媛マラソン

なにか忘れてると思ったらブログを書くのを忘れてた。
今年も愛媛マラソンに出てきた。3回目の出走。


前日。

松山へは羽田から飛行機。2時過ぎに到着。
松山在住の友人が空港に迎えに来てくれていた。高専の旧友。

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南海放送で受付を済ませてゼッケンと参加賞を受け取った。そのあと友人が松山城を案内してくれるというので喜んでついて行った。県庁裏の登山コース。

友人は土木科専攻だった為かあるいは元々城が好きなのか、やたら石垣に詳しかった。そういった意味では自分は機械科なのでどちらかというとリフトに興味がありリフトで登りたかったのだが彼曰くそれは邪道、「登り石垣」を見るためには県庁裏のコースでないといかんということらしかった。

登り石垣は、彼の解説付きで見ると確かに興味深かった。ただそれより、結構な坂道をぐいぐい登り、明日マラソンに参加すると思しきウィンドブレーカーにランニングシューズの連中をごぼう抜きにしていくセーターにサンダルの友人が興味深かった。ついて行くのに必死だった。そう彼は柔道部の頃いくら練習しても疲れない謎の男だった。お前が明日マラソンに出たほうがいいんじゃないか、というと笑っていた。

東雲神社の方から下山し県庁前を通って公園にもどるころは細かい雨のようなものが舞っていて寒かった。

友人と別れ、大街道の銀むすびで明日の朝飯おにぎり4個、薬屋で明日被るためのポリ袋45リットル、などを購入し、宿泊先のホテルに戻って本日の歩数13914歩、距離9.74km、標高132m(松山城)。ちと歩きすぎたと思った。

当日。

6時に目覚ましをセットし5時に起床。いつものことだ。おにぎり4個を食べ、物足りなかったので補給食に持ってきたハチミツを1つなめた。

天気予報では近県に雪だるまのマーク。寒そうだったので上は長そでに昨夜ポリ袋に3か所穴をあけてこしらえた即席ポンチョも被り、耳には耳あて。準備完了。8時50分に部屋を出た。フロントでキーを渡すとフロントの人が「頑張ってくださいね」と言って応援みきゃんをくれた。かなり元気でた。


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応援みきゃん 前と後ろ


伊予鉄の市電の2日券を入手しておいたので惜しみなく市電を使って(一駅)会場へ。すぐに荷物を預けて軽量化の列に並ぶ。結構寒い風が吹いていたが耳あての効果でそれほどでもない。風切り音が聞こえないことも大きい。

スタートの列にゲート締め切りぎりぎりに並ぶ。自分はCブロック。スタートセレモニーが始まるが愛媛マラソンのスタートセレモニーはテキパキと進むから好きだ。ゲストのキューさんのあいさつ。

「まず家族や支えてくれた人たちに感謝の拍手しましょう(パチパチ)。つぎに大会を支える人たちに拍手(パチパチ)。最後に自分に拍手(パチパチ)」「私は後ろからスタートしてみなさんとハイタッチをしますが周りに気を付けて、また記録を狙う人は是非無視してください。」

ちょっと良かった。

カフェインと缶が欲しかったのでスタート10分前にレッドブルを飲んでみる。以前は練習の前とかレッドブルの力を借りることもあったが、腎臓の癌になってから飲むのはこれが初めて。うん、からだに悪そうな味がする。缶というのはこれをを持って走った長野マラソンで右棘上筋の痛み防止効果があった気がしたから。

体調はいい。手術から4か月、年が明けてからほぼ以前のように走れるようになってたし、3週間前の30キロ、2週間前の20キロ、1週間前の10キロも去年の長野の前とあまり変わらないタイムで走れた。もしかして調子がいいのではないかと思っていたのだった。

スタート。ロス3分。
最初の5キロほどは渋滞に逆らわず流れに乗って走る。呼吸も乱れず楽な感じ。調子がいいと思った。

虎が走っていた。ペースが同じくらいだったので近くを走っていた。虎とともに走る(「風とともに去りぬ」のアクセントで)。10キロ手前トンネルの手前のトイレで小用。1分のロスだがこれも予定通り。ついでにここでポリ袋を脱ぎ走り出すと、2キロほどで再び虎に追いついた。やっぱり調子がいいと思った。

北条まで国道は橋の上り下りが連続する。県道に入って中間点までの川沿いも緩やかな上り。その上りが調子よかった。歩幅を狭く回転数を上げると自分ではよくわからないがスピードが上がるらしく何人も後方に消えていく。

中間地点を過ぎもうしばらく登ると今度は下り坂。去年はここで雹まじりの嵐に襲われたが、今年はここで日が差してきた。にわかに暑くなり汗が吹き出してきたのに加え、なんか下りなのにペースが上がらない。おかしい。調子が悪いと思った。

なんだか頭がぼんやりしてきて、JAえひめ北条選果場の給水のポンジュースを飲んでも回復せず、国道に戻って向かい風になったらいよいよいけない。といっても伊予とかけているわけではない。残りまだ15キロもあると思った時点でもうだめだと思った。

そこからは一つ一つの給水所だけが心のよりどころ状態。キロ6分、最後40キロ地点ではキロ7分までペースが落ちつつゴールにたどり着いた。あーつらかった、と思って驚くのは呼吸も乱れてないし脚も痛くないし普通に歩けること。力が余っているんじゃないのか。なんだったんだ。

ゴールすると、今治タオルの完走タオルを肩に掛けてくれる。荷物預け所に向かう通路では、ただ我々をねぎらうためだけに並んで待っていてくれるボランティアの高校生が「お疲れさまでした」と声を掛けてくれる。ありがたくてじーんとする一方、こんなに余力が残っていて申し訳ない。


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かっこつけるダークみきゃん


そのあと、例年選手に無料で振る舞われる充実のサービスコーナーに向かい、JAバンクのお握り、青年会議所の芋炊き、JALのコンソメスープ、敷島パンのパンを一通りいただいた。ほんとありがたい。そして次は地域の販売ブースに移動し、端からとんくりまぶし、キジ肉メンチカツ、ジャコ天、松野焼きなどを買い食いで制してから会場をリーブ。

帰る途中でパン屋の兄ちゃんに声を掛けられホテルについてフロントでも「お疲れ様でした」と言われていい気分。夕食券までもらった。さすが愛媛。夜は参加賞の無料券で道後温泉。いたれりつくせり。ありがたや。


翌日。

反省の意味でもう一度松山城に登った(徒歩)、降りるときだけ念願のリフトに乗って降りた。10時開店に合わせて大街道を歩き、これまた念願の「アサヒ」の鍋焼きうどんを食べた。うわさ通り甘かった。その足で高島屋まで歩き屋上の観覧車「くるりん」を見た。高いところは苦手なので見るだけ。これでほぼ日の「和田ラヂヲのあやしい者ではない」のスポットを一通りクリア。その和田ラヂヲ氏デザインの「坊ちゃんまんじゅう」をお土産に買い求め、夕方帰宅。お土産、職場で好評。


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アサヒの鍋焼きうどんといなり1個

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2015/02/10

2015愛媛マラソンにでてきた

立岩川を上がって中間地点を過ぎて右折したあたりで、なにか小石のようなものが顔に当たったと思ったのだった。それがヒョウないしはアラレだというのはなにか白いものがやたら降っていたのですぐにわかった。雹ないしは霰だというのはすぐにわかった。2回書くのは動物と間違えるといけないので。ドクタースランプと間違えるといけないので。そしてその後の下りに差し掛かったところ、満を持して強い風とみぞれ混じりの雨がやってきた。顔が痛いほど吹き付けてきた。すかさず迷惑にならないよう歩道に横っ飛びで退避して、風にあおられて苦戦しながらビニールを被る。ほんの30分ほど前に陽が照ってきたときにはゴミ箱に捨てようか迷ったビニールポンチョだ。騙されずに腰に挟んでおいてよかった。ビニールポンチョ様さまだ。

コースに戻ってスタートを切ると「大変じゃの」「がんばれ」とその一部始終を見守ってくれてたおじちゃんおばちゃんがおれの出発に声を掛けてくれる。おれはともかく御2人は雨でずぶぬれだよ。2人に会釈し走り出すと、前方にはなんかオレンジのスタッフジャンパーを着た高校生がやたらぴょんぴょんジャンプして「がんばってください!」と絶叫している。そうとう寒かったんだと思う。なんかうれしくなってきて半笑いで隣を見ると並走する走者も半笑いでがんばってる。雨はここから30分くらい続いただろうか、あんまペースは落ちなかったのはさすがだ。2013年雪の長野マラソンの経験者は違うと思った。

そしてさすがなのはそこまでだった。ペースが落ちたのはその後すぐ。まず体が冷えすぎてトイレタイム。それから雨が止んで左折して国道に戻ったら激しく向かい風。冷えて固まった脚もここにきて動かなくなってきて、咳も出てきた。

今回は病み上がりということでかなり弱気の4時間に目標を設定していた。それが抑えに抑えたにもかかわらず前半で7分のできちゃった貯金。おかしいなあと思っていた。それが27キロくらいからみるみるなくなっていく。それでも32キロ地点で手元の時計が2時間55分。いくらなんでも残り10キロ60分は余裕だろうと思って楽観。それがまさか65分かかるとは誰が想像しただろう。しかも計算が間違っていたとは誰が想像しただろう。

結局40キロすぎでなんか賑やかな集団に追い越されたなあと思って、それがまさか4時間ペーサーと愉快な仲間だったと気付くまでにはしばらく計算時間が必要だった。スタートのロスタイムとラストの0.195kmの分を忘れていた計算ミスに気付いたのはその時だった。


愉快な軍団から離されてやけにスペースの空いた独走状態で入ったゴールは結局4時間25秒。なんなのかこの25秒。ネットタイムでは4時間を切ったとはいえ、この25秒がいかんともしがたく俺をしょんぼりとさせる。


昨年は雪で松山にたどり着くまでが一苦労だった愛媛マラソン、今年はJALの始発便をとってみたら10時にはもうすんなり松山に着地しており、「愛媛マラソンに参加される人が無事にゴールできることを祈っている」という意味の機内アナウンスもあり、非常に快適だった。

しかしそのまま前日受付の南海放送に直行してみて、受付開始まで1時間以上あることに気付いた。早く着きすぎてしまった。旅なれた人なら事前に下調べをして有意義な時間を過ごせるのだろうが、自分の本日の予定は「前日受付」のみだ。なにもすることが無い。松山城に登りたいが荷物が邪魔だ。しょうがないので公園をぶらぶらしたり松山城を眺めたりして受付時間を待った。
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受付開始の12時ちょうどに受付会場に行くとかなりの行列になっていたが、列はすぐに進んであっという間に受付できた。ゼッケンを手渡してくれたおばちゃんが、一瞬の間を挟んでにやりとしてから「がんばって、くださいね」と言ったので自分も一瞬の間を作り眉間にしわを寄せ「がんばり、ます」と言ってから笑った。

受付をしてしまうと、あとはまったくすることが無くなった。ホテルのチェックインの時間まで3時間ある。とりあえず会場で鬼北町のキジうどんを食い、荷物をゴロゴロ転がして中古レコード屋をのぞいたり県庁のみかんの生っている木を見たりして歩き回った。ロープウエイ通りを往復し、大街道を往復し、牛丼屋で牛丼を食った。結局3時間も歩き回って疲労したので、ホテルに入って横になったら夜になっていたので、もっかい牛丼屋で牛丼を食って。地元のうまいものを食うのは明日。レース前日は慣れないものは食べないという作戦。いや普段はあまり牛丼を食う習慣の無い俺だった。持参したラジオで和田ラヂヲの聴くラヂヲを聞いて就寝。


翌朝、4時半に自然起床。窓の外に消防車が来てなにかやっている。ボヤがあったようだ。外はまだ暗いが朝飯を食う。会社の人に勧められた切り餅7個だ。うかつにも慣れないものを食ってしまった。しかもまったくものたりない。

7時を過ぎたくらいからやっと外は明るくなってきた。船橋の家に比べて明るくなるのがだいぶ遅い。ウエアにゼッケンをつけて、かっこつけてお腹と四十肩にワセリンを塗って(雨対策)、寒くなりそうなんでロングタイツを選んで履いた。

内股のところが破れているのに気付いたのは出発直前に朝青龍のイメージで四股を踏んでみたときだった。でかく破れて内股が露出している。こんな部分で仮装をするつもりは毛頭なく、あまりの自由闊達さに失格の恐れすら考えられるので、たまたま持参していた短パンに急遽履き替えた。CW-Xのロングタイツ、まだ10回くらいしか履いてないので少々ショック。


スタートブロックに並んで風が吹いて結構寒い。インフルあがりなので一応マスクをしていたが、これ正解。これで寒さが大分違う。スタートして坊ちゃん列車の汽笛を右に見て、宿泊してるホテルの前を通過。ペースをいつもよりキロ30秒遅く設定してるので、気分が相当にラクそれだけでかなり楽しい。楽しいので油断してるとペースが上がる。昨年苦しくなり始めた16キロのあたり、「マイペースマイペース。ゆっくり走れ」と応援してくれたじいちゃんのアドヴァイスを自分は真摯に受け止めるべきだった。

後半の失速は荒天のせいではなく、結局いまの体調に対してオーバーペースだったのだな。昨年も結構な失速だったが今年は昨年なんてものではない過去5回で最も遅いラスト10キロだった。緩いアップダウンが続くコースというのも自分のような効率だけで走る、脚力に難のある人間には厳しかった。最近ではフルの後でもそれほど脚にダメージを感じなくなっている自分でも、今回はゴール後に屈んで靴ひもを解くのに難儀した。

でも今年はゴールで自分の名前を読み上げてくれるのが聞こえた。荷物受け渡しのスムーズさも去年同様で、高校生のなんか普通に「寒い中おつかれさまでした」と言ってくれるそのことばに感激し、お接待コーナーで、いもたき、PASCOのパン、JALのコンソメスープ、JAのおにぎりをいただき、なにしろいもたきとおにぎりの組み合わせが秀逸で申し訳ないことに2杯づつ頂いた。あと、去年はぱっとしないと思っていたみきゃんが今年はかなりいい感じだった。
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そんなわけで、愛媛マラソンはほんとに良い大会だと改めて思った一方、いくら良い大会でも自分のタイムが悪いと楽しさは半減するなあと思ったので、もっと走ろうと思った。


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2014/02/10

2014愛媛マラソン

よりによってこの日かという愛媛マラソン前日の8日土曜日の大雪。金曜日の時点でもう松山行きの予約便が欠航になることが濃厚、半ば絶望半ば気が楽になったような気分でとりあえず荷物だけまとめ、念のため空港で途方にくれているところをインタビューされたときのことに備えて答えを練習し、就寝。


人間の脳は朝の方が冴えるというが、朝5時半に起きたら鉄道で行くという手があるのではないかという四国の素人とは思えない名案を思いつく。調べたところ、朝8時くらいに出れば前日受付の時間に間に合いそう。羽田のフライトインフォメーションを3分置きにリロードしながら松山行き1465便13時20分発の状況をチェック。次々と欠航の情報が増える中、私の松山便は「天候確認中」の保留状態が続く。「勿体をつけるな、勿体を」という次郎長伝の広沢虎造のせりふを真似しながらさらにリロード。8時、「天候確認中」は続く。

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ようやく欠航が確定し家出したのが9時。そんな時間までもぞもぞしていた時点でだめさ加減がかなり高いが、いろんな情報を集めるための関係の充電はばっちりだったので、北総線に飛び乗っていろいろ検討、一番早いのは品川でのぞみ乗り換え。でも羽田欠航組による混雑を予想して新橋下車の新橋チケット購入、東京の窓口も大混雑してるなかロスタイムゼロでとりあえず一番直近発車ののぞみ333号に乗車。


品川。予想に反して羽田流入組は少数。そしてさっそく10分ほどの停車。
続いて新横浜でも長い停車。すでにダイヤから1時間遅れ。小田原で行き落とし作業停車。ツイッターで前日受付時間の延長、それから親切な人が書いている松山にたどり着くための交通情報を知る。

静岡を過ぎて、松山在住高専柔道部の旧友から四国につながる橋全部がストップ、広島から船で来るべし、とのメール。ツイッターの方も同じく広島からの船便が現時点で一番確実との情報。のぞみはようやくペースを取り戻し快調に走る。


なんと乗っていたのぞみ333号は新大阪止まりだった。駅員に聞いて一番早そうなのはさくらだと知り、乗り込む。車内の文字がいちいち大きい。
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山陽新幹線に昼間乗るのは初めて。新神戸から岡山にかけての景色、右側に見える山塊がいい感じ。このころ岡山から松山に行く特急しおかぜがなんとか動いているというツイッター情報。広島か岡山か。心が揺れ動き、頭の中では吾妻光良の名曲GumboDeTwitterが鳴り響いて楽しい。

結局、岡山下車。大混雑の窓口の行列を整理していた駅員さんに聞くと特急しおかぜ、自由席なら私が発券できますとのこと。たのもしい駅員さんから特急券をゲット。40分遅れが自分にジャストなタイミングで超満員の自由車両に滑り込み。15時発車。

そこから半径30センチから動けない満員状態が3時間。駅ごとに列車待ち合わせで10分くらい止まる。ドア開きっぱなしで寒い。飯山線の手動開閉方式の優秀さを再認識するひとときだ。でもときおり窓越しに見える四国のしまなみが秀逸。


今治。降車しようと出てきた小さい子供づれの母親。つづいて70歳くらいの地元のじいちゃん。じいちゃんが母親に聞いて母親は東京から来たと判明。飛行機が飛ばないから急遽鉄道できたという。それをねぎらうじいちゃん。心の壁が無い。そしてじいちゃん、席にお茶を忘れてきたからちょっと道を空けてくれと。それを聞いた相席していた模様のメガネの若者、委細承知とでもいうように「とってきます」と力強く言い、それを聞いていたのかさらに別の若者がすでにお茶をメガネの若者に差し出しているという名場面。


今治で大勢降りてようやく座れた。ここからさらに1時間。松山到着19時半。延長された前日受付も終わっている。思えば家出してから飲まず食わずだ。駅前のカレー屋で野菜カレーと水がぶ飲み。ちょっと楽しみだった伊予鉄の路面電車で宿到着、くたくただったのでもっかい補給の意味で宿の近所のCoCo壱でカレー。知らないものを食って体調を崩してはまずいとおもって。マラソンからもらった券があったけど道後温泉に行く余力もなく宿の風呂に入って23時、一瞬で就寝。


6時起床。四国の日のでは遅い。ようやく明るくなったころに部屋を出て前日受付へ。近いんだけど路面電車に乗るのが楽しくて乗った路面電車が行き先違い。運転手さんが親切で料金受け取らず次の便を案内してくれて感激。受付会場、受付開始時間前だけど混雑。受付時間前だけど、受付してくれた。参加賞を受け取る場所がよくわからずスタッフジャンパーを着たおばちゃんに聞いたらすごく親切。感激しっぱなし。そこらじゅうに案内担当の高校生がいるし、設営担当のようなおっちゃんに質問してもすごい朗らかに答えてくれる。昨日のじいちゃんといい、松山の人の屈託のなさはなんなのか。もうすっかりやられている。


そんでスタートして、アンパンマン、はなちゃん、コリラックマ、イナズマン等と走り、ゴールして、自己ベストには10分ほど及ばなかったけど、コースの景色もきれいだし、給水地点でカップを手渡ししてれる人との距離がやけに近いし、応援してくれる人たちがまったく本気で応援してくれるのにもまいった。松山に住みたくなるじゃないか。


ゴール後一番おどろいたのは預けた荷物の受け取りで、末尾ごとに分かれたテントに10メートルくらいの位置に接近したと思ったらすでに荷物が出てきて朗らかな高校生が「おつかれさまでした」と手渡してくれるそのスムースさ。そしてジェイエーの方が「どうぞ食べてください」と手渡してくれたお結びにはじまり、PASCOのパン、いもたき、JALのコンソメスープ、甘酒、が食べ放題。なんなんだこの至れり尽くせりぶりは。ありがたいじゃないか。


こんないい大会だったのでなんとか自己ベスト3時間40分くらいを目指したけれど、日差しが強くて暑かったせいかカレーの食いすぎか、目標はかなわなかったけど、ほんといい大会だった。

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ゴールした後はくたくた過ぎて登れなかった松山城、一夜あけて次の日の朝に登った。旧友のタケチ君が言うように石垣がすごかった。足のダメージで下り坂、股関節が痛かった。ジャコ天を食って、みかんを買って帰宅。


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