カテゴリー「マラソン」の記事

2024/04/25

2024長野マラソン

愛媛マラソンのあとしばらく好調だったので長野では久しぶりに3時間半も狙えるかと思っていたくらいだ。
しかし3月に入ったころから体調が崩れ始め不整脈が出るようになった。
4月に入ると筋肉の調子もおかしくなって走りどころか歩きに苦労する日もある始末。
春のこの時期に調子を崩すことが恒例になりつつある。高齢になりつつあるせいだろうか。と韻を踏みつつ、
不整脈をうまく回避した昨年の好例もあるし、気圧対策の五苓散もある。と言い聞かせ、Dブロック最後方に入る。
何とか途中でリタイアせず完走できれば御の字なんだぞという心の声とゴーフォーブローク当たって砕けろという心のマサ斎藤がせめぎあう。

Dブロックは3時間半切りのブロック。スタート直後こそ多少混雑するものの焦らず流れに乗っていれば間もなく4:55/km前後の適正ペース。周囲のペースが見事に合っている。こんな走りやすい大会はない。長野マラソンならではの真面目に走る人率の高さときちんとしたブロック分けのおかげであろう。

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スタートする腹の痛くない筆者

 

2kmくらいでもう発汗、3kmでもう怠い。ペースを落としたつもりが4kmで時計を確認すると落ちていない。このままいくと大変なことになるぞ。それでもペースそのままに6km善行寺の下りで少し回復、10kmビッグハットくらいからようやく心臓も回り始めて怠さも消え、思ったより走れている。

15kmから17kmエムウェーブまでのスライド区間は左の対向車線を見ながら走っていた。左脚に問題を抱えている関係か左を向きながら走るとフォームが安定する。いろんな人を見つけることができた。心臓ペースメーカー手術をしてサブスリーを目指しておられる昨年NHKで紹介されてた方、手術と抗がん剤治療を終えてまだ1年も経たずに挑戦してる信毎で紹介されてた方、ゲストランナーたち、長野マラソンのビデオで見かけた顔がいくつか、ヤマザキ1名。やけに目が良く見えたのだ。昨晩慣れない鰻を食ったおかげだろうか。

足の爪が気になり始めていた。ペースはかなり落として五輪大橋を渡り中間点を通過。1月の館山若潮で黒爪にしてしまった右の親指、4か月経った今は新しい爪に押し上げられ旧爪が浮く不安定な状態。血液サラサラーとしてはこれを間違って剥がし出血多量で絶命することだけは避けなければならない。

爪をかばったへっぴり腰で23km真島のスライド区間に差し掛かる。ここでも左方の対向車線を見ながらいろんな人を見つけることができた。例えばヤマザキだ。ヤマザキというのはフジロック以来の友人だ。

実は今回、体調だけでなく頭も悪かったようでいろいろと忘れ物をした。中でも前日の受付会場で入手したエナジージェル及び自作のスペシャルドリンク(パラチノースのコーラ割り)を両方ともクルマに忘れてきてしまったのは痛かった。なので25kmホワイトリングの給水所で配布してくれるエナジージェル(アミノバイタルアミノショット)はありがたかった。ちなみにここを通るたびホワイトリングが建つ前の真島の体育館にUWFを観にいったことを思い出す。同じ柔道部のタケチ君は藤原喜明選手に「デコピンしてください」頼んで「変な奴だな」と言われながらデコピンしてもらっていた。

しかしその頃すでに腹の様子がおかしくなっていた。爪でペースを落としたことで汗冷えが始まっていた。アンダーウエアにミレーのアミアミを着用してるのに汗冷えしたのは初めてだ。それほどの発汗量だったし、給水所で水を飲んでも胃に残ってカポカポしてる感じだった。そもそも序盤から既に胃腸の具合が良くなかったのも確かだ。昨晩慣れない鰻を食ったせいだろうか。

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34km地点を通過する腹の痛い筆者

 

爪だけならまだしも腹がこうなるともう降参だった。ペースはさらに落ち、そのためさらに腹が冷え、トイレを経由してゴール。タイムはかろうじて4時間以内。

長野マラソンで3時間半以内のタイムで申請する場合は記録証の提出が必要で、今回のエントリーは5年前の記録証を提出した。確か5年以内の記録証ということだったので来年は昔の記録で出ていますができなくなるだろう。それ以降で3時間半以内やそれに近い走りすら1度もできていないからだ。来年は同じブロックには入れないだろう。寂しい限りだ。

と打ちひしがれながら観ていた昨日の将棋名人戦、昼に鰻を食った豊島先生が負けてしまって残念でならない。次局なんとか巻き返して欲しい。

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2024/02/13

愛媛マラソン(2024)

見れば増え見れば開きし 予報傘
いきなり五七五でその割には季語もなくてなんなのかと自分でも思うが俳都松山から帰ったばかりなので大目に見て欲しい。
雨風で大荒れの予報が出ていた。天気のサイトを見るたびに傘マークが増えていくし閉じていた傘マークが開いた傘マークになっていく感じだ。しかし実際には序盤に弱い雨がポツポツ当たったくらい。風も復路に入って向かい風がきつかったような気がするがそれほど苦にならなかった。気温が高かったおかげか手が冷えて困ることもなかった。
と思って観測データを見ると体感の記憶とだいぶ違う気がする厳しい数字。集中してたんだな。
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tenki.jpより観測データ

 

一万人ふりさけみれば松山城@スタート
勝山町のホテルから会場の城山公園まで徒歩15分。9時に出ても9時半の手荷物預かりに余裕で間に合う。こんな楽な大会はない。
スタートブロックはD。オープニングセレモニーで出走者1万547人からの歓声がひときわ大きかったのは急遽オープン参加の松田瑞生選手。中村知事は出張とのこと。城山公園からスタート地点の県庁前に移動すると途端にビル風が強く、スタートまでの10分程が一番寒かった。
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朝9時一番町通り。まだ降ってない。

 

ひよいと伊予路へ雨でも晴れきつてゐる@序盤
山頭火「ひよいと四国へ晴れきつてゐる」の真似である。すこし雨が降ってるような気もするが走る人の多さと応援の多さに気を取られてよくわからない。中央通りを右折して環状線に出た5km付近でやっと集団がばらけ、ようやく自分の足で走っている気分になる。ペースを確認すると5:05/kmと予定よりちょっと速い。今回は2週間前に痛めた足の爪にダメージを与えないことが重要な課題。そのうえでシーズンベストは更新したいなと思っている。少しペースを落とす。目安は32kmまで5:15/kmくらい、32km以降は5:30/kmくらい。これで3:45:00くらいになる寸法。

 

伊予路をマラソン人が駆け足でプラカード眺め行き過ぎる@平田の坂
五輪真弓の恋人よのパクリである。もちろん「伊予みち」と読むし「マラソンびと」と読む。平田の坂を無難に越えると「いずれ着く」のプラカードの人。すっかりおなじみとなり手を振る人も多い。
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関連で翌日見かけた路面電車「進み続けりゃゴールに届く。」

 

マリモとは吾のことかとアルクマ云い
今回のアルクマ認識率(記憶ベース)。私とおそろいのビニールをかぶせたせいで見えにくかったかもしれない。
・「あらかわいい」「なに?かわいい」←たくさん
・じっと凝視&「あれなんだろう」←3名
・小さい子供が指さしながら「ほら見て」←3名(これが一番うれしい)・
・「やばいなにww ほらついてる」←1名(後述)
・「マリモ?」←1名
・「マリモさんがんばれ」←1名
・「ハイネケンがんばれよ!」←1名
ハイネケンとは私が来ていたウエアである。

 

山田屋のまんじゅうひとつ道なかば@光徳院
中間地点の、立岩川の上流にむかって緩やかに上る区間が好きでいつも調子が上がる。そしてそこを上りきった左側に山田屋まんじゅう本社があることを今回8回目の出走にして今頃知った。だからここで山田屋まんじゅうを提供してくれているんだな。走ってる最中に固形物を食べるのが苦手な自分だが唯一いつも頂いてるのが山田屋まんじゅう。山田屋まんじゅうと言えば公式サイトにある「著名な方々から一句」の中でしりあがり寿氏の、
 えべれすとのてっぺんにいしをつんで
 そのうえにおまんじゅうをチョコンとおく
がさすがの味わい。1個140円の高級品をほおばり右にカーブして見える海と島の景色も秀逸。ゴールまで残り20km。
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山田屋まんじゅうをチャージする筆者(緑)。youtubeから。

 

テーブルの渡せる端に置くポンジュース白きを見れば塩舐めにける@JAえひめ中央北条
山田屋まんじゅうのあとは25.5kmの補給地点JAえひめ中央北条でポンジュースを飲み白い塩をなめ、ミネラルとクエン酸をチャージ。少し落ち気味だったペースが予定のペースに戻った。

 

信州をくまなく歩くアルクマと 伊予路で競歩の同郷と
26.5km付近で何か後ろの方が騒がしい。「はやいはやい!」という声が聞こえる。と思ったらすぐ隣をテレビカメラを引き連れた競歩リレーの3区松永選手が追い抜いて行った。速度もさることながら体の動きの速さがすごい。間近に見ると確かに「はやいはやい」と言うしかない速さだ。今回競歩の選手が最後尾からスタートし4名がリレー形式でつなぐという試みがあることを聞いていつ抜かれるか楽しみにしていた。4名のうち荒井選手と藤澤選手は長野県の出身ということでも注目していた。私と同郷であり私が頭に乗せているアルクマとも同郷である。しかも歩くことの専門家ということでもアルクマと共通している。気づいて一声かけてくれるか(私にではなくアルクマに)と期待したが後で知ったのは藤澤選手はこの前の2区、荒井選手はこの後の4区で邂逅は実現しなかった。このあと32kmまで粘れば荒井選手にバトンタッチだったらしいが、もしわかっていても追いつける速さではなかった。

 

踏みしめても踏みしめても忝い道@堀江
もちろん山頭火の「分け入っても分け入っても青い山」のパクリである。かたじけないを漢字で忝いと書くことを恥ずかしながら変換してみて初めて知ったがおかげでうまいこと字数が合った。
競歩の人に抜かれたあと競歩の真似をしたりしながら走っていたが、それが良かったのかペースが落ちることなく32kmまでの平均が予定通り5:15/kmでこれた。何より爪も無事なのがうれしい。この先2つのトンネルはうわーすげーと笑いが出るほどの向かい風。トンネルを抜けると堀江地区。この地区の方々と堀江小の子ども達がコースのゴミ拾いをしてくれたという南海放送のニュースを先日見た。平田の坂の手前のこの辺りのゴミ拾いをしてくれたんだなと思い出しながら走った。

 

爪も無事 詰めも無難にお堀越え@ゴール
足の爪にとって最大の難所である平田の坂の下りも無事に下れて安堵。もう走り切ったも同然。高校生の熱い応援隊。この子たちはサッカー部かなとかバスケ部かなとか想像する。野球部はすぐわかる。今日や説明会も含めて休みを何日か潰れているはずだがすごい笑顔で熱心に応援してくれる。40kmの辺りに今年も読者の脱走さんの応援。この40kmというのが絶妙で、もうすぐいるかなと思う手前2kmと応援で元気がブーストされてからのラスト2km、この詰めが甘くなりがちな最終盤に毎回大いなる貢献がある。ありがや。42km地点で左折しお堀を渡るとあと200mでゴール。
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ニヤニヤ走りのハイネケンジャージ。「やばいなにww ほらついてる」の声。youtubeより

 

測ったら謀ったようなタイム出た
シーズンベストが更新できたのもうれしいし、このコースでは調子のよかった頃の2020年の次にいいタイムだったのもうれしいが、ガーミン時計の時間と事前の皮算用した時間がぴったりだったことには駄洒落を言いたくなるほど驚いた(スタートのロスタイムと距離の計測誤差は去年のデータから計算していて、ガーミン時計は計測マットを踏むタイミングと数秒ずれていたようで、それで一致したただの偶然とはいえ)。
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マラソンは疲れるけど、愛媛マラソンはなんか元気になるな。
伊予鉄の市電に書いてあることばの中で私のお気に入りの一つ「幽霊はコワイけど、おじいちゃんになら会いたいな。」へのリスペクトでもある。
手荷物預かりの場所に向かって歩いていると、到着しないうちに向こうから持ってきてくれて驚く。ゴール後に楽しみにしている芋炊きのふるまいとJAが配ってくれている塩むすびのおかげで、筋肉の分解を抑制するための当座のエネルギー補給は大丈夫だろう。パスコのパンも2切れいただいた。宿に戻って着替えをし洗濯をしてから至極のひと眠り。起きて道後温泉に向かうと駅を降りたところですでにかなりの混雑。マラソンの人だけでなく観光客も多い。そういえば3連休だった。

温泉は諦めて引き返す市電、市電の俳句ポストにいつか投句したいと憧れるものの、ここまでご案内の通り駄洒落のようなものしか思いつかず投句への道のりは42km以上に遠い。できることと言ったら代わりにツイッターに投稿するくらいだ。
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翌日も晴れたので行きたかった山頭火の一草庵に久しぶりに訪れることができた。6年前に来た時と変わらずただそこにあることにしみじみと感じ入った。

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2024/01/29

館山若潮マラソン(2024)

数えてみたら館山若潮マラソンを走るのは9回目。最初に走った時は上り下りばかりのコースがきつくてもうやだと思ったが、今ではその変化のあるコースも魅力の一つだと感じるまでになってきた。

家からクルマで1時間40分くらい。7時前に到着して芝生の駐車場に止めた。スタート時刻のちょうど1時間前くらいに地震があった。その時ちょうどクルマの中にいたせいかかなり揺れた。参加案内(アスリートガイドとしてpdfで公開されてる)は熟読する方だ。館山の参加案内は震度や注意報発令時の対応や防災マップが載っていることに感心しながら、避難場所は八幡神社であることを覚えていた。震源地は東京湾。今まさに面している館山湾は東京湾の湾口だ。しかし幸いなことに津波注意報は出なかった。しかし周りを見るとみんな平然としていてよっぽど地震に慣れてるのか気づいてないのか、ビビっているのは自分ともう一人クルマの中から出てきてびっくり顔をしている方くらい。やっぱ不安定な芝生の上に停めてあったから揺れが増幅したんだな。後で確認すると館山は震度2。

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朝の館山湾。富士山見えず。

気温9℃くらいの穏やかな天気のなかスタート。スタートから序盤にかけてはポカポカ陽気でも中盤折り返して終盤向かい風になると途端に寒くなるのが館山若潮マラソン。その辺9回目くらいになるとさすがに学習して腰にはウィンドブレーカを巻いておいた。

茄子が走っていた。着ぐるみ。序盤は暑いだろうが後半の寒さ対策としては有効だ。顔出し穴から除く表情はかなり必死だ。沿道のおじいさんがものすごくうれしそうに「おい、ナスがんばれ」って応援してるのがよかった。

晴れていれば富士山が見える館山湾沿い、見物(地名)の辺り、今日は曇っていて見えない。波は問題なさそう。チーバ君のつま先辺りに位置する洲崎灯台を通過する辺りから横風が冷たく感じ始めたのでウィンドブレーカに袖だけ通す。前腕部が防風されていると手が冷たくならないので補給に支障が出ずに済む。

いつもはエナジージェル的なものを何本か持つのだが、今回は自作のドリンクを用意してみた。パラチノースの粉をコカ・コーラで溶かして岩塩を一振りしたものをキャップ付きの小さいパウチに入れて携行した。紅茶が出過ぎないように塩を入れるといいという説に本場英国が激怒したというようなニューズがあったばかりだがコーラにパラチノースや塩を混ぜても誰も怒らないだろう。吸収が遅いの(パラチノース)と、吸収が早いの(コカコーラ:グルコース+フルクトース)をミックスするのがいいらしいのでこの調合にしたが、そんなことより何よりコカコーラの味こそに最大の効果を感じた。コカコーラなんて普段飲まないし成人してからの合計でも体に入れたのは500ml以内じゃないかと思うし子供の頃から好きでもなかったが、走ってるときのあの味というのは強力だと思った。市販のジェルと違って胸やけしないのもいいしなにしろ安上がりなのがいい。

22キロ過ぎに折り返して予想通り向かい風が冷たいのでウィンドブレーカの前を締めた。ここで体が冷え切ってしまった年は後半泣きながら走るしかなかったが、今年は対策がうまくいって楽しい。パウチのスクリューキャップも難なく開けることができる。

30キロ過ぎの上りがコース最大の難所と言われている。ここを快調に上り切った。たぶん9回走った中で一番速く上ったと思う。そして続く長い下りで爪を痛めた。両足の親指の爪。下りは苦手だ。

まだ先は長い。何と言ってもこの先には下りの苦手な自分にとって最大の難所である休暇村への急坂が待っている。少しでも爪を守ろうと思って一旦立ち止まりシューズの紐を締めなおした。足を踵側に一杯まで寄せてアーチを引き上げるようにして紐を締めた。走り出してすぐに分かった。締めすぎた。足首が痛い。もう一度立ち止まって締めなおしたが、結局爪の痛みは解消しなかった。爪にどういう負荷が掛かるのが原因なのかよくわからない。爪がシューズに当たってるかというと必ずしも当たっていない。どちらかというと地面からの衝撃とか強く踏みしめることで起こってる感じ。随分簡単になってしまうのは抗血栓薬も影響してるのかなとも思う。

後半は爪をかばいながらも無事にゴール。中学生が「バナナ2本どーぞ」というので「ください」と言ってもらう。「クリームパンです」というのでそれもありがたくいただく。その場で食って相変わらずうまい。今年の完走タオルは珍しくゴワゴワした触感で気に入った。

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面影ないくらい設計が変わっても石が挟まる伝統は継承している愛靴

なかなか以前の走力に戻らないので目標設定が難しいが、いまはシーズンベストを一つの目安にしている。さしあたって秋に走ったつくばマラソンが今シーズンで一番いいタイムだったのだが、今日と比べると
 前回 3:47:41(つくばマラソン)
 今日 3:47:36(館山若潮マラソン)
どうだ。5秒更新。2月の愛媛、4月の長野とこの調子で棒高跳びのブブカ方式でちょっとずつ更新していきたい。

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2023/11/27

つくばマラソン(2023)

4週間前に走った手賀沼ハーフは狙ったようにその日だけ雨だった。2週間前に走った松本マラソンも狙ったように寒気が流れ込んで寒かった。そして今日走ったつくばマラソンは雨(霧雨)と寒さ(6℃)のセットだった。すっかり雨と寒気に好かれたが、おかげで雨も寒さも練習ができている。

スターターの筑波大学のスポーツ局の方が挨拶でいくつかの論文では6℃というのが最も記録の出やすい気温だと言っていた。実際、結果的に今回の優勝タイムは大会歴代2番目だったようだし、ただでさえ高速コースと言われるつくばマラソンでこの気温なので自己ベストを更新した人も多かったみたいだ。チャンスだとスタート前の自分も思った。

思ったので自己ベスト狙いで行くことにした。最近の成績を客観的にみれば自己ベストが狙える走力があるようには見えないが、客観的にみている暇はない。何しろ寒いのだ。寒すぎて考えなくても勝手にペースが上がる。まあ上がるに任せて半分まで行ったら考えればいいと思った。

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ホカロンを握る右手にも力の入る何しろ寒い序盤の筆者(白帽黒服)。


とりあえず半分まで行った。平均して5分/kmなので予定通り自己ベストが狙えるペース。ここまでやけにラクに来れたので、中間点の手前でいったん立ち止まりシューズを脱いだ。

ラクに来れたからと言って何をしているのか。それはずれた靴下が指の股を圧迫して痛みが出始めていたため念のため今のうちにずれを直したのだ。思えば前年のつくばは中間点まではいいペースで(思えば今日とほぼ同じペース)、しかし靴下のずれによる圧迫で黒爪になり終盤大失速した。前年と同じ轍を踏まないため、後半を快適に走るため、いったん立ち止まって先手を打つ余裕を見せた形だ。

そしてシューズの中の問題は見事解決したにも関わらず、結局ここから去年と同じく失速が始まったのには驚いた。爪を痛めてなくても前回と同じタイミングでペースが落ちていった。考えてみれば靴下のずれが始まるタイミングが同じというのも怪しい。靴下がずれるような走り方になるのはおそらく疲労の兆候で、それに自分では気づいていないだけなのだろう。

じつは内心まぐれだと思っていた前年の失速がまぐれではなく再現性があったことには打ちのめされたが、しかしながら、爪の痛さや剥がれの懸念で戦意喪失しての大失速に比べたら、単に脚の売り切れによる大失速はずいぶんマシだしわりと楽しい。近年は不整脈とか坐骨神経痛とか爪とかが多かったので今回そういう外乱ではなく久しぶりに純粋な力不足で打ちのめされてるだけなのでよかったなあという気持ちさえある。

3時間47分少々。前年より9分程早かったのは多分中間点で靴下を直したおかげであって、1年前よりも走力が付いたということではなさそう。でもまあ2021年以降の大会再開後としてはベストタイム。これから冬の大会に向けては長時間走っても靴下がずれないために少し長い距離を走る練習をしようと思った。


ゴールして運動による熱生産が終わった途端に体はひどく冷え、手も受け取ったペットボトルのフタが開けられないくらいかじかみ、荷物置き場に使わせてもらっている筑波大学のサッカーグランドでの着替えは手が思うように動かず難航した、それでも何とか傘を使わずに済む霧雨程度に収まっていたのは助かった。その後寄ったココイチの4辛でただちに体の熱が回復。カレーは偉大だ。


今回の忘れ物。
1.普段着用の上着。出かけるは温かかったので着なかった。カバンに入れたつもりが入れてなかった。仕方なく綿が入ってないペラのウインドブレーカで代用した。寒かった。
2.レース後に濡れたウエアを入れる袋。カバンに入れといたビニール袋を使おうと思ったらでかい穴があいててびびった。間違えてポンチョ替わりにと穴をあけたものを入れてしまったようだ(丸めてしまうと見分けがつかない)。

 

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2023/11/19

松本マラソン(2023)

1週間経ってしまったが先週の日曜は松本マラソンに出てきた。

松本を前回走ったのは2017年。第一回大会。その時は帰りにコーラ色の尿が出たことをよく覚えている(その後検査して大丈夫だったのだが)。

あと、前回の記憶としては、朝のシャトルバスの待ちと、給水所が快適だったことも覚えている。シャトルバス待ちの列はよく段取りが考えられていてスムーズ。給水所は最初のテーブルから最後のテーブルまで100メートル近くもの長さでこんな渋滞レスな給水所は他にないと思った。それは今回も同じだった。素晴らしい。

前回出た時とはコースが変更になっていて、現在のコースは、上り下りが惜しみなく組み込まれ更には向かい風もフィーチャーされたというもっぱらの評判。なるほど金曜日まで暖かく穏やかだった天気が、土曜日からの寒気の流れ込みで、本番当日の日曜日にばっちりコンディションを風速7mの向かい風を合わせてくるところがさすが。

ということで、どのくらいの時間で走れるか見当がつかないし、逆に練習としては絶好のコースなので、ペースを気にせずトレーニングのつもりで走ろうと朝決めた。血尿が出ないくらいの感じで。

そんな心掛けなもんだから、スタート前にガーミン時計のスイッチを入れて驚いた。バッテリーの残量が無い。充電してくるのを忘れたようだ。ペースを気にせずというよりペースがわからない状態でスタート。

スタート時の気温は3℃くらいだったらしい。息を吸うと気分が引き締まる。

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信濃毎日新聞のスタート映像に映り込む筆者


スタートしてすぐアンパンマンを帽子にのっけた走者が近くを走っている。アンパンマンの人気は絶大だ。序盤の下り基調から松本城のお堀をぐるっと回り、松本市美術館、あがたの森を経由して薄川から見える美ヶ原、折り返して見える白い北アルプスが美しい。ここまで最高としか言いようがない。そしてお楽しみはここまでだ。

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走行中の松本市美術館


薄川(すすきがわと読むのだ)から南に左折するとその先10kmは上り&向かい風。アンパンマンにもおいてかれた。修行はここからだ。前の走者を風よけに使うことなんかしない。なぜなら修行だからだ。更に言うと向かい風の抵抗をいかんなく受けとめるためウインドブレーカーすら着たままのおれだ。

中間点を過ぎていったん上りは終わった。意外と大したことなかったと思ったが、そう思っただけであとで確認するとペースはがた落ちだったようだ。そしてこの後は上った分を一気に下る急こう配の下り。脚の故障もあって苦手な下り。正直なところこの下り坂の存在をしってエントリをためらったくらいで、かなり警戒していた。

上り以上にペースを落として何とか無事には下った。しかし下りですっかり足腰のバランスがおかしくなってしまい、ロボットのような走りしかできなくなってきた。坐骨神経痛も出始めた。おっかなびっくり下を向きながら走っていたら32キロくらいでみんなとハイタッチしていたゲストの小平奈緒さんに気づかぬ痛恨のミス。通り過ぎてから気づいた。なんたる粗忽。

とはいえそれを補って余りある沿道の応援があった。なんなんだろう松本の人は。みんなびっくりするほど元気で熱心に応援してくれるのでそのたびにこっちまで元気になった。ピョンピョン飛び跳ねながら手を振ってくれる給水ボランティアの人もいる。一番良かったのはスカイパーク内の残り2kmの給水所。「あと。2キロ(ピース)。あと。2キロ(ピース)」と応援してくれた人だ。笑ったなあ。「あと。」でカップを並べていた手を「2キロ。」で上げてピースサイン。


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コース横の松本空港の吹き流し。秒速4.5メートルといったところか。


オーバーするとは思ってなかった4時間をだいぶオーバーしてゴール。メダルとタオルをかけてもらい、おにぎり、給水所でも出されていてとってもうまかったりんごジュース、スポーツドリンクなどを貰い、広々したやまびこドームで着替え、シャトルバス乗り場に行くと自分で定員、すぐに出発。早く松本駅に着いたのでずくを出してさっき通った松本市美術館とあがたの森の旧制高校記念館を徒歩で見学。参加特典でから市内のいろんな博物館に入れるありがたさ。

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走った後の松本市美術館


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旧制高校記念館。井上靖と四高の資料をくまなく見学。


そして松本マラソンから1週間。果たしてトレーニングの効果はあったかというと、かなりあった。大会ではジョギングペースで走っただけなのにどういう理屈なのかわからないが、10キロ走で今年一番のタイムが出て驚いた。なんか走り方も変わった。参加して良かった。そしてこの調子が来週までもてばいいなと思う。

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2023/10/30

手賀沼エコマラソン(2023)

事前に送られてきた大会プログラムに「応援ボランティア」という頁があって、当然その頁からチェックした。中学や高校の吹奏楽、地域の和太鼓など11もの団体がコースのあちこちで演奏してくれるのがこの大会の楽しいところで、私は中でも風早中学の楽団のアフリカを感じる演奏をいつも楽しみにしている。しかし今年の名簿には残念ながらその名前はなかった。しかし代わりに「アフリカ応援太鼓」という見慣れない名前を発見した。これは何を意味するのか。変名バンドだろうか。

昨日が大会だった。雨の中スタート。手賀大橋を渡って湖岸に出て調子が出てくる7km過ぎ、いつもは風早中学の演奏が聞こえてくるところだが聞こえない。と思ったらなんか聞こえる。太鼓の音だ。もう少し行った先の8㎞地点にその太鼓を叩いてる人たちがいた。名前は書いてないがそうとしか考えられない。アフリカ応援太鼓だ。アフリカ応援太鼓は実在した。変名バンドではなかった。きっと同じことを思った並走者数名も次々に手を叩いたり手を振ったり今日最高の盛り上がりだ。楽器は太鼓だけ。雨の中ひたすら叩いている。ひたすら同じリズムで雨で冷える足腰の筋肉と心を心地よくほぐしてくれた。腰を開放すれば心も開放されるというファンクミュージックの神様ジョージ・クリントンの言葉を思い出した瞬間だ。

小雨。気温12℃。たぶん走るには絶好の気象条件。同じ走力の知りあいと一緒にスタートするというのも張りあいがあって好条件だと言える。アフリカ応援太鼓も気持ちの追い風になってくれた。そんな好条件ずくしの中でタイムは1時間43分。過去の手賀沼と比べると良くはない。このコースで最後に100分を超えたのは腎臓の手術3週間後に走った2015年なのでそれ以来の遅さだが、現状を考えるとおおむね予想通りなのであった。そもそも今回のテーマは「考えずにいい感じで走る」だった。

考えずにというのは何を言い出したのかというと、脚運びをあまり考えないことが重要だと最近気づいたのだった。

夏頃に坐骨神経痛がようやく良くなったのでだいぶ走れるようにはなったが、なかなか走り方が以前のようにならない。坐骨神経痛で脚が動かなかった頃に頭で補正して走っていた変な走り方が小脳のファームウェアを上書きしてしまったものと思われる。以前のようにならないものだからまたああでもないこうでもないと頭で考えて直そうとする。そのうちバグ含みのファームウェアで次々上書きされる悪循環。そもそもこういう本来無意識で行う単純動作を意識で制御しようとし過ぎるのは脳の誤動作を招くのでご法度なのだそうだ。それに気づいたのが手賀沼の1週間前。Don't think, feeeelってやつ。

疲れた後半はさすがにフォームが崩れて脚運びに意識が向いてしまいがちだが、しかしそんな時もなんとか上体の姿勢維持に集中し、脚運びから気をそらせることで持ち直し、まずまずいい感じに走れたと思う。

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やけに上体の姿勢だけ維持されてる筆者(写真左の白帽)

あと、タイムではなくいい感じを優先したのは、さしあたっての目標であるつくばマラソンをいいタイムで走りたいからというのがあった。まだいい感じの走り方がロバストではないので、つくばまでの4週間でいい感じを堅牢にしておきたいと思った。

走り方がわからなくなっているときは同じ労力で走ってもペースは1キロあたり30秒程度遅い感じだった。1週間前に以前の感じを思い出してからは走り方だけで1キロ15秒くらい速くなった。残りの15秒はその走り方のための筋力やその他だと思うのでこのまま続けて、あと4週間で元に戻ればいいなと思っている。

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2023/04/25

2023長野マラソン

思えば長野マラソンを一回走ってみたいと思ったのが走り始めたきっかけだったのだった。2009年に初めて走って大会中止を3回はさんで今回で連続12回目。それくらい好きである。下手の横好きである。

パンデミック以降は4時間を切るのが精いっぱいで2020年以前の走りはなかなか戻らない。気づいていなかったが知らず知らずパンデミックのストレスを受けていたのだなと振り返って見ればそんな気もする。それでもようやく前回の愛媛を経て今回の長野に至りマラソンを走る楽しさが自分の中で戻ってきたようだ。こうなればしめたもの。50代も半ばだがまだ記録が伸びる余地があると勝手に思っている。

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土曜日。9時に家出。関越道で受付のビッグハットに向かう。昼は高坂SAのレストランで「深谷豚の肉汁地粉うどんセット」。ご飯もついていていい補給した。上信越道はいつもの年なら桜が咲いてたりするのだが今年は陽気が早いことに加え例年より1週間遅れの開催なので葉桜である。

14時過ぎに受付会場のビッグハット到着、検温、健康チェックシートを提出し、参加票を示してゼッケンを貰う。その後EXPO会場で赤のアミノバイタル1個だけ購入。スタート前に飲むやつ。

受付が済み宿へ。今年も長野に宿を取った。昨年に続きスタート時間が10分程早いので実家泊で朝の飯山線だと時間に余裕がないから仕方ない。宿ではチェックインの受付が始まっていて車椅子マラソンの選手達も宿泊するようだ。かっこいい車椅子がロビーに置いてあって気分盛り上がる。荷物を解いて夕方になってかなり風が強く気温も低い。寒い。のであまり出歩かず駅ビルMIDORIの3階で早い夕飯。誰も並んでいないという基準で入ったレストランでオムライスと明太子スパゲッティ。いい補給ができた。

ホテルに戻り、ウエアにゼッケンだけ付けておく。10回以上の参加者に与えられるシルバーゼッケンのいいところは生地が布なところ。紙のゼッケンと違ってウエアになじむので大変付けやすい。

あとはやることが無いので大会プログラムで参加者に知ってる名前が無いか探す。iPS山中先生の名前は今回は無いようだ。中学校の同級生の名前はいくつか見つかるが会場で会うことは至難の技だろう。

4時半に目覚ましを設定して早々に就寝
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翌朝4時に目が覚める。目覚ましよりも早く目覚めるのは好調な証拠。ホテルの電子レンジで昨日調達しておいたコンビニのチャーハンを温めで食べる。予備として食べたカップラーメンが余計だった。満タンにしすぎた。

支度をして早めにホテルを出る。柳原文化センター駐車場に到着。まずは検温し手首に検温済みマークのリストバンドを巻いてもらう。駐車場からスタート会場までシャトルバスも出ているが、歩いても30分くらいの距離なので今回は歩いてみることにした。

少々道に迷って急ぎ足で会場に到着。スタート会場ではアンダーワールドのボーンスリッピーが久々に掛かってやっぱ朝のスタート前はこの曲だよなと思う。トイレに並び、荷物を預け、スタートブロックDの最後尾に並ぶ。

スタート時刻が近づく中、靴ひもを締めなおすことを思いついた。まず左の紐を解こうとしたのだがどうしてこういう時に限ってこうなるのか、迂闊にも紐の先端が蝶結びの穴を通っているのに気づかず引っ張ってしまい固結びになってしまった。それを解くのに手こずるうち前を詰めるための集団移動が始まってしまった。なんたることだ。岩のような自分をよけながら川のような集団が流れていく。さぞ迷惑だっただろう。しかし誰も私に躓かないのがさすが。

自分は相対的に結局Eブロックの真中に動かずして移動した形となりこの位置からスタート。当座のところDの走力はないのでむしろ期せずしてペースが合う位置に入れたともいえる。

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リタイアした去年を思い出すとスタートから体調が悪く脚も動かなかった。その去年は駐車場からシャトルバスを利用した。そして今年は走り出した途端やけに体が軽いし気分も良いし明らかに調子がいい。駐車場から道に迷いながら歩いてきた効果とした考えられない。いいアップになったと思われる。体が軽いのでなんか久しぶりに長野マラソンの高揚感を味わってる気がする。スタートとしては上出来である。

やがて1キロ程度で混雑が緩和、追い越しも越されもしない流れに乗れた。みんなが同じ速度で移動している。ガーミン時計を見るとキロ5分くらいを示している。このまま最後まで持てば自己ベストが狙えるわけだが今の自分にはそうは問屋が卸さないというのが事前の分析。しかし体感的には全然ラクである。無理にペースを落とすとフォームが崩れて逆につらくなる可能性がある。どっちみち長野マラソンでは五輪大橋を過ぎるとペースダウンするのだからいけるところまで自然なペースで走るに限る。とレースで高揚した脳のAI(あまりに浮かれたインテリジェンス)が答える。

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左の手袋だけ外して大門の坂を下る白帽の筆者(中央)

 

善光寺の大門の坂を通過してまったくもって軽快である。10キロのビッグハットを通過してラクでしょうがない。集団の流れに乗ってるとこんなにラクだったのかと思う。自分で走ってる気がしない。列車に乗ってるような気がする。以前は人の後ろが苦手だったのにな。

15キロ手前の落合橋を今年は直進(臨時のコース変更)。まだノーダメージ。佐野元春のアルバムタイトルを思い出すくらいだ。いつもはエムウェーブを周回したあたりから疲労を感じ始めるわけだが今年はそのエムウェーブは周回しない。ということはもしかするとこのまま疲労しないんじゃないだろうか。

軽快に走ってるときは長野マラソンの給水ゾーンの長さが特にありがたく感じる。速度を落とさずに空いてる場所を見つけて給水できる。記録を目指す人の走りやすさを優先に考えているという意味のことを前日の番組でも担当者が話されていた。実際走りやすい。

エムウェーブ手前で折り返して五輪大橋の上りに差し掛かる頃、にわかに右肩の僧帽筋に張りを感じ始めた。痙攣しそうな感じ。おそらくエネルギー切れである。それと同時についに疲労を感じ始めた。おれの疲労タイマー精度高い。天国はどうやらここまでだ。

まあここまで久々に気持ちのいい走りができたので十分であろう。ここから地獄のペースダウンの中いかに楽しみを工夫しながらゴールにたどり着くかという別の種目のはじまり。何しろ去年はこの五輪大橋から先は走れなかったのだから走れるだけでうれしい。

脚は徐々に動かなくなるが、北アルプスの白い山々、千曲川の青い流れ、りんごの白い花、山の青い木々を眺めつつ、道を横断する茶色い毛虫の存在を指さし確認で後方に知らせつつ、慎重に脚を前に運ぶ。着ているジャージを謎のイタリア語で褒められたり、逆にビンテージジャージの人を見つけて褒めたり、つくばでも30キロ過ぎに追い抜かれた人に今日も30キロ過ぎに追い抜かれたり、少し会話を交わすとしばらく脚が復活するのが不思議だ。

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松代の山をバックに千曲川堤防を走る右側白帽の筆者。公式ムービーより。

 

一時はキロ7分近くまでペースは落ちたがなんとか無事にゴール。3時間57分。タイムはどうあれ晴れ晴れとした気分。

天気もだいぶ晴れ晴れとしていたので、ずいぶん日焼けしていた。ふくらはぎサポーターからはみ出した膝の裏の辺りと左手の甲が真っ赤。なぜか左手だけ手袋を外して走っていたようだ。

実家に顔を出し仏壇に手を合わせ、山菜(こごみ、ワラビ)を貰い、春の長野をリーブ。

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2023/02/14

愛媛マラソン(2023)

愛媛マラソン3年ぶりに開催され自分も3年ぶりに参加。うかれながら走ってきた。3年のブランクを感じさせないどころかよりパワーアップしていた(私ではなく大会が)。ボランディアの方々や沿道の応援の方々の開催待ってましたと言わんばかりの熱心なサポートと応援がありがたかった。暖かかったこともあってかいつも以上に人出が多く賑やかだった。

スタートブロック。
愛媛マラソンのスタート前の整列は松山城の下の公園。スタート地点はそこから離れた大通り。スタートセレモニーが終わったあとに速いブロックから順にスタート地点の大通りまでわらわらと移動する。これが控室からリングに向かうようないよいよ始まる感があって非常に良い。Dブロック。申し込み時点では3時間半の予定だったが秋からの相次ぐ後半失速を受け今回は3時間50分が目標。

スタートセレモニー。
知事、市長、土佐さん、いつもながらコンパクトで気持ちのいい挨拶。ボランティアの中学、高校、団体への感謝状贈呈式もあった。市長はボランティアへの感謝とボランティアがいかに大変でボランティアのおかげで大会が成り立っているか、ぜひ積極的に感謝の声を掛けてあげて欲しいということを再三話していた。バカタレが捨てたごみも高校生のボランティアが後で拾うのだから捨てるなとも言っていた(バカタレとは言ってなかったかもしれない)。大切な呼びかけ。この呼びかけの効果か今回ごみや給水カップの散乱は前回より少なかったように思う。

スタート地点。
いよいよ移動して県庁前のスタート地点、手前の交差点のところにオレンジの伊予鉄のバスが2台止まっているなと思った。選手から向かって右側の方。私も右側が好きなので列の右側に位置取っていた。号砲が鳴って列が動き出したとき、何気なくバスの方を見た。びっくり。昨日の空港から乗せてきてもらったリムジンバスの運転手がいる。
オレンジのバスとまっとる

昨日の話。
来るたびにひそかに注目してるのは空港からのリムジンバスの運転手。発車まで一人三役くらいの大忙しだがいつも声掛けやお客への対応に人間味があって感心する。今日の運転手さんも、行先の案内、荷物室の面倒、残りの席数のチェック、乗れない人への詫びと次の便の案内など大忙しでこなし、マイクを通した「発車します」の声の合間にもハーハーという息を切らす音が混じる。
その後しばらく進んで最初の信号待ちだっただろうか、運転手さん突然シートベルトを外し慌てた様子で後ろの座席を何やら確認。「しまったー」という声を発し、がっくりして運転席に戻る。全乗客が注目。そしてそのあと会社への連絡であろう無線の声が聞こえてきた。
「乗り場のところに青いバッグを忘れてきてしまいました。どなたか回収願います」
「お客様のですか」
「いいえ、運転手のぼくのです。お金が入ってる大事なやつです」
来た時のリムジンバス

スタート地点。
その運転手さんが同僚と手を叩きながら応援していた。バスの前から2列目で間近から成り行きを見守っていたので見間違うはずがない。おもわず「青いバッグみつかりましたか?」と言いたくなってすんでのところで思いとどまる。とりあえず笑顔だったので大丈夫だったのだろう。右手を上げて応える。

~5キロ。
人が多くて華やかだなあと思いながらうれしい気分で走る。道一杯の走者と鈴なりの応援がずっと続いて走ってることを忘れる。気温は確かに高め。最初の給水からとっていく。提供されるスポーツドリンクはVAAMウォーター。好きな味。走りながら紙コップで飲むのが下手で以前は50%の確率でむせていたが、いつの間にか普通にできるようになった。つぶして飲み口を作るのはもちろんだが顔の向きが意外と重要だと思う。
(頭に)乗ってる男

~10キロ。
平田の坂を難なく上って難なく下る。初めて参加したときは行きのこの坂ですでにグロッキーだったことを考えると成長を感じてまんざらでもない。平田の坂を下るといつも「いずれ着く」のプラカードで応援してくれる人が「行ってらっしゃい」と言っている。記憶より少し声が太い。3年経ったとはいえ風貌も変わってる気がする。そういえば前回も偽物がいた。別人だろうか。
平田の坂

~15キロ。
トンネルを過ぎたあたりで「なにあれかわいい」というオン・ザ・ヘッドの人気者に対する今日初めての声援をいただく。走者がばらけてきて見やすくなったのか次第に声がかかるようになった。
そして今度は14キロくらいだっただろうか「アルクマ?」「わからない」との二人組の声。だいぶ通り過ぎてからだったのでピンポン!とは伝えられず残念だったが、一日を通してこの人だけが初見でアルクマだと認識してくれた。高い見識と卓越した動体視力の持ち主に違いない。

~20キロ。
北条方面はいつも北よりの風が吹くイメージ。今年も吹いてきてよし北条まで来たなと思う。最高気温16℃との天気予報で確かにだいぶ発汗しているが、風が当たると一気に汗冷えする。ちょっとした風や日差しで体感温度が上がったり下がったり。

~25キロ。
立岩川の上りは上りなのに走りやすくて好きだ。景色がいいせいだろうか。そして上りきると山田屋まんじゅう。いつもは固形の補給はとらない自分だが山田屋まんじゅうだけは別。小さいからといって一口で食べると喉に詰まる危険があるので(前回学んだ)、今回は少しずつ食べた。元気出た。
立岩川

~30キロ。
25.5キロのJAあぐりセンター北条ではいつもポンジュースを出してくれる。ポンジュースだけはプラコップなので外からでも色で見分けがついていい。しかし紙コップのように潰して飲み口を作れないので立ち止まって飲んでいると隣で係の人が「なにあれ」「わからんなんだろ」と言ってるのが聴こえる。待ってましたとばかりに「アルクマです長野の」と答える。「へー、遠い所から来たんだ」といって送り出してくれた。

~35キロ。
はっきり言って脚のあちこちが痛くなってきた。ペースも落ちてきた。カフェインが必要な場面だ。長年愛用してきた黒のメイタンが製造中止の報を受け、代わりに今回初めて持参した「メダリストのコーヒー味」をマウスにイン。液体かと思ったら固い寒天のような歯ごたえ。味は結構いい。

~40キロ。
平田の坂の上り口で再び「いずれ着く」の人。左手を上げ「いつもありがとう」と声を掛けると「あいよー」と太い声。ちょっと記憶と違う。違う人だろうか。
平田の坂を越えて39キロの給水、私の帽子の上を凝視しながら「なんだあれ?なんだあれ?マリモか?」と驚いている野球部っぽい高校生の声。あまりに最高で今日一番笑った。ずっこけそうになった。

~ゴール。
キョロキョロしながら走っているといつもコメントをくださる脱走さん発見。うちわのおかげですぐにわかった。なるほどその手があったかというデザインのうちわが大変うれしい。先ほどの高校生のいかした声掛け(マリモ)を脱走さんに報告して(言わずにはいられない)あと2キロ。これで意識の切り替えができ、最後の1キロは4分50秒まで上げて、予定の3時間50分にあと14秒残してゴール。

ゴール後。
上等な完走タオルを掛けてもらって、3年ぶりに3時間50分を切れてうれしい気分で記録証の発行。発行係の高校生に頭の上のコーチを褒められさらにうれしい。頭の上にみきゃんを乗っけてる人がいたのでどうやって止めているのか情報交換。安全ピンでとめてるとのこと。裏に安定を良くするための補強材を当てている。なるほど。
まりも

この後の芋炊きのふるまいをいただくのが何といっても楽しみなのだが、走るのをやめたらしばらくすると急速に汗冷えがきてしまい腹が冷えてかなわない。しかも何たる粗忽。暖かくなる予報で油断して投宿のホテルから走る格好だけで来てしまったので着替えがない。一旦投宿のホテルに戻って着替えてくることにしたがこれが失策。着替えてちょっと横になったが最後、居眠りしたのも気づかぬまま気づいたらすでに夕方であった。

とはいえ問題ない。十分に楽しかったとみえ芋炊きのことはすっかり頭から消えている。ホテルのコインランドリーが回っている30分で近所のココイチで回復用のカツカレーを腹に入れ、そのあとみかん電車で道後温泉に向かい42キロ走ったダメージを回復した。いい湯だった。みかん電車

翌朝は雨、歩道で向こうから来た人に道を譲ろうと右によけたら相手も右に左によけたら相手も左に。相手はあっはっはと笑い出してこっちもつられて笑ってお辞儀をしてすれ違った。

伊予の蜜柑のやはらかさ いつも来るたびに道後温泉も温かいけど愛媛の心も温かいと思う。温泉で見たこの句のように伊予の蜜柑のやはらかさも感じる。いつも元気になって帰ることができる。愛媛の皆さん今年もありがとうございました。

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2022/11/14

つくばマラソン(2022)

目標はリタイアしないことに決定したものの、さて目標ペースはどう立てたものか。自分がどのくらい走れるのかわからなくなっているのだった。ある日やけに好調だと思ったらある日はまったく不調だったりする。ただ、一つの傾向はあって、20℃を超えると不調、15℃以下だと好調なようだ。秋からの4つ走ったハーフも全部この傾向に当てはまる。

天気予報では、スタートは14℃、中間点で21℃、ゴールは22℃の見込み。少なくとも前半の好調は決定したといえる。折角のつくば高速コースだし前半は3時間半ペースで行くことにする。ちなみに自分はまだ3時間半を切れてない。後半はどうなっても知らない。気温は上がるが風が強まるというので少しは冷えるだろう。天気予報は否定しているが恵みの雨もあるかもしれない。なんとかなるだろう。

ウェーブスタートは最高だ。早く会場に着きすぎて暇だったのでほぼ最前列に並んでしまった。号砲とスタートライン通過の時間差はほとんどなし。先頭集団で走ってる気分だ。筑波大学構内のイチョウ並木がきれいだ。

今回は低気圧と前線の影響、それから花粉症もかなりきてて、対策の効果を検証するいいチャンスでもあった。対策はうまくいっているようだ。心臓の動悸が若干あるが、頭痛と目のかゆさは解消している。鼻うがいが効いているにちがいない。

毎回のことだが、学園西大通から408号が左折するあたりから調子が出てくる。この辺り10キロ付近では高エネルギー加速器研究機構が道の左側に見えるので、おれの脚も高エネルギーを受け加速する。気を付けないと暴走してしまうので注意が必要だ。もう少し進むと少し雲がかかった筑波山が右手に見える。つくばマラソン前半の開けた景色は自分にとってとても走りやすい。大らかな心地でリラックスできる。

高エネルギー地点(Googleマップより)
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中間点の通過は1:45:03だった。3時間30分の半分。予定通りに目標ペースピッタリでここまでこれた。心拍数は150未満だし呼吸もしてるのかしてないのかわからないくらい穏やかだ。

しかしながら、中間点を過ぎたあたりから向かい風を感じ始めた。向かい風が涼しいと感じるくらいに気温も一気に上がった。予定通りだ。向かい風のせいなのか何なのかペースが2秒ほど落ちたので、挽回しようとしたら右足の爪が痛くなってきた。シューズの選択を失敗したなどと思わなくていいことを思った。

気分が弱気になったとたんもうペースは戻らない。30キロの壁的なものが早くもやってきた感じ。あとは右足の爪をかばいながら「リタイアしない」という目標を達成するための残り半分となった。

シューズは今回、サッカニーのエンドルフィンスピードというのを履いた。厚底ではあるが高剛性プレートは入ってなくて、見た目がいわゆるアディダスのブーストフォームに似ている(見た目だけだけど)。ブーストが廃止されてしまったアディゼロボストンに食指が伸びないなか、つい見た目でブースト的なものに手が伸びた形だ。

このシューズ、軽いし跳ねるしとてもいいのだが、一点気になるのはまさに爪が当たることだった。サイズが合わないわけではない。つま先が傾斜しているいわゆる「ゆりかご構造」がクイックすぎるのだ。シューズの傾斜で勝手に転がってしまって忙しい。それを使いこなせずバランスを取ろうと無意識に指を変に動かしてしまったり、足がつま先の方に詰まってしまったりして、爪の当たりが強まる。練習の時から気になってはいて、丸底を平底に造成できないかと考えたりしたができるわけがない。

それでも何とか歩くような速度で大学構内に戻ってくると、来るときにはきれいだったコースが折からの風で落ちた落ち葉で埋め尽くされていてその景色が楽しい。足に不安があるのでこわごわと踏みしめ、サクサクと音を立てて進む。さらにその先には落ちた銀杏の実で埋め尽くされた区間が登場。笑った。なんとかゴールにたどり着き目標達成。次回はちゃんとタイムを目標にできるだけの力をつけて参加したい。


今回から採用された自分で荷物を置きに来て自分で取りに来るシステムがすばらしく便利だった。サッカー場を使わせてもらってありがたかった。
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2022/10/30

手賀沼エコマラソン(2022)

手賀沼といえば私はいつも7km地点での風早中学の演奏を楽しみにしているのだが今年は無いことが知らされていた。コロナの関係で沿道での太鼓やブラスバンドの演奏は無しとのことだった。その代わりに6km地点ではギターを弾いてブルーハーツを歌う人が孤軍奮闘していた。13kmの上りではスプリングスティーンのBorn To Runをワイヤレススピーカーで流す人物もいて私はうれしかった。ジャクソンブラウンのRunning On Emptyもアンコールでお願いしたかった。

Running On Emptyの邦題は「孤独なランナー」だが、私も基本的に練習も大会参加も一人の孤独なランナーだといえる。ただこの手賀沼エコマラソンだけは、毎回会社の仲間と走ることになっている。

そうすると一人で走るときとは違い、下手な走りは見せられないという自意識が働くのか、気持ちを切らすことなく最後まで走りきれた。ハーフで100分を切れたのも、最後までイーブンペースを保てたのもコロナ休止後はじめてだ。なにしろつい4週間前に走った白井梨(10km)の平均ペースより11秒も速い。どういうこんぞ。

他の大会と同じで人気大会だった手賀沼も募集定員に満たなかったようで人も少し少な目に感じた(おかげでストレスなく走れたとも感じた)。例年支給されていたバナナやアミノバイタルなども今年はなく(個人的には無くていいと思っている)、出店や大会セレモニー関係もなし。コロナ対策や3年のブランクなど様々な課題と困難を抱えながら開催してくれたことが伺え頭が下がった。

団体による応援はなかった一方で、学校の校庭の高校生や沿道に出てくれた人たちがめいめい応援してくれるのはうれしかった。私の前を走っていたハロウィンの仮装をした人に「○○番さん、がんばって。かっこいいですよ」と丁寧な口調で声援を送っていたおじいさんが良かったなあ。私は○○番(ゼッケン)ではなかったけどかなり元気が出た。


朝の手賀沼。ゴール付近

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